定型約款に関する民法改正(1)
皆様は、携帯電話や旅行、保険の契約の際など、細かい文字でびっしりと記載された約款をご覧になられたことがあるかと思います。このように、現代社会においては、多くの場面で事業者側が作成した約款に基づく取引が行われています。
一般的に、こういった約款を使用した取引では、約款を示された側において、契約前にその約款の条項の内容全てについて説明を受けることは極めて稀であり、条項の内容を認識しないままに契約を締結してしまうということが多々あります。私自身、弁護士という仕事をしていますが、業務以外で約款を全て読んだことなどありません。
さて、私も含めてになりますが、契約前に約款について十分な検討をしないことによって、契約を締結した後に、「そんな条項が約款にあったのは知らなかった。」という形で、認識していなかった約款の条項に関するトラブルが発生することがあります。
そこで今回のブログでは、平成29年5月26日に成立した、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)(同年6月2日公布)において、新たに設けられることとなった「定型約款」に関する規定について紹介します。なお、今回の改正は、一部の規定を除き、平成32年(2020年)4月1日から施行されます。(用語について、施行前であることから、改正前の民法を「現行民法」、改正後の民法を「改正民法」と呼ぶことにします。)
まず、現行民法には、約款に関する規定は存在しません。もっとも、原則として、約款の内容について同意があった場合(保険契約において、「約款の内容について同意します」という欄にチェックを入れる場合や、オンライン契約の際に、まず約款の確認を求められ、「同意しました」のボックスについてクリックを求められる場合など。)には約款の内容についても契約の内容となる、というのが一般的な解釈でしょう。この点、約款に記載された内容が契約内容となるかが争われた裁判例においても、「保険加入者は反証のない限り約款の内容による意思で契約をしたものと推定すべきである」と判示した裁判例(大審院大正4年12月24日判決)が存在します。もっとも、当事者が約款に記載された条項について認識していなかった場合に、同条項について、「合意の対象になっているものとは言いがたく、これに当事者を拘束する効力を認めることは相当でない。」旨判示した裁判例(山口地裁昭和62年5月21日判決)も存在するなど、約款の拘束力の根拠について議論されたり、約款に関するルールについてより明確なものとすべきであるとの要請が高まっていました。
そこで、今回の民法改正においては、約款を用いた取引におけるルールを明確化すべく、定型約款に関する規定が新設されました。
具体的には、改正民法では、第548条の2において、約款の定義、約款に含まれる個別の条項が契約内容とされるための要件を、第548条の3において、約款の内容の表示義務及び同義務に違反した場合の効果を、第548条の4において約款内容の変更のための要件を定めています。
事業者の皆様の中には、改正民法第548条の2~同条の4の対象となる「定型約款」を用いた取引を行っている方もが多くおられます。この点、定型約款に関する改正民法は、改正法施行日以後の定型取引だけでなく、改正民法施行日前に締結された定型取引にも適用される旨を定めています(改正民法附則第33条第1項)。したがって、実務に与える影響は決して小さいものではなく、皆様にも知っておいて頂く必要性が高いものであると考え、紹介させて頂きました。
なお、改正民法第548条の2~同条の4の詳細については、今後随時アップさせて頂く予定にしております。また、当事務所では、実務に与える影響が大きいと思われる改正を中心に、改正民法に関するセミナーを開催する予定にしておりますので、この点についても詳細が決まり次第アップさせて頂きます。
参考文献:「新旧対象でわかる 改正債権法の逐条解説」(第一東京弁護士会 司法制度調査委員会 編)、「実務解説 改正債権法」(日本弁護士連合会 編)