ベンチャー法務の部屋

PBRが1倍を下回っていた場合の株式の「客観的価値」

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先日、ある会合にて、MBO事案で、PBRが1倍を下回っていた場合に、買い取るべき金額につき、少なくとも1株当たり純資産額は、株式の公正な価格として確保しなくてよいのか、という議論がありました。PBRとは、Price Book-value Ratioの略で、株価純資産倍率を意味します。すなわち、[(株価)÷(1株当たり純資産額)] を意味しますので、PBRが1倍を下回っていた場合とは、株価<1株当たり純資産額という状態です。この状態での公正な価格は、1株当たり純資産額を最低額とすべきではないかという議論です。

特に、少数株主を排除することが前提となっているMBOのようなケースで、少数株主として排除される側からすると、「PBR1倍以下の価格でしか買ってくれないのなら、清算して欲しい(清算すべき)」という期待があるだろうという問題意識から出た議論です。

この点については、商事法務No.1921(2011年1月25日号)の35頁に、太田洋著「サイバードホールディングス事件東京高裁決定の検討」という論文の1つのパラグラフに、下記の部分がありますので、参考になります。

3 PBRが一倍を下回っていた場合と「当該株式の客観的価値」

(中略)

この点、本決定は、・・・(中略)・・・(i)市場株価が当該会社の一株当たり純資産額を下回ることはまれではないこと、(ii)本件では、そのような事態が生じたのは一時期にすぎないこと、(iii)本件TOB公表前一カ月間の市場株価の終値による出来高加重平均値が直近の監査済み貸借対照表上の一株当たり純資産額を上回っていることを根拠に、PBRが一時期一.〇を割り込んでいたとしても、そのことから直ちに市場株価が企業の客観的価値を反映していないと認められる「特段の事情」があるとはいえないと判断している。しかしながら、少なくともわが国では上場会社のPBRが一倍を割り込むことはしばしばみられる現状であることや、平成に入ってからの資本市場に関するさまざまな法制度等の整備(インサイダー取引規制や相場操縦規制等の株式取引の公正確保のための規制の強化、株価に影響を及ぼすべき上場会社についての開示規制の充実、証券取引等監視委員会を始めとする資本市場の監視体制の強化・拡充)により、有価証券市場の株価形成機能が格段に向上している現在においては、少なくとも一カ月間(ないし一〇日間)の株価の平均値は株式価値の指標として十分信頼に足りると解されること等からすれば、仮に(ii)および(iii)のような事情がない場合であっても、特段の事情がない限り、MBOのためのTOBに先立つ時期に対象会社のPBRが一倍を割り込んでいても、「当該株式の客観的価値」に関しては、株価を基礎として算定することに問題はないと解すべきであろう。(引用終わり)

この議論は、「価値とは何か。」「価格とは何か。」という議論が内包されている難しい問題です。そもそも、価値なんてものは、人によって全然違うものです。株式についても、あと1株で過半数に到達する株主の1株と、0.1%の持ち株比率の株主が1株買い増す場合の1株では、購入者にとっての価値は違うといえるでしょう。しかし、ここでは、「客観的価値」又は「公正な価格」について議論しているのですから、いくら価値を議論しても市場で値段がついているのであれば、それが売り買いの成立している価格であり、市場が公正妥当であり、流通量(出来高)もあり、異常値ではないのであれば、すなわち資本市場の株価形成機能が健全な状態であれば、それを「客観的価値」又は「公正な価格」としましょうというのは、ある意味、筋の通っている議論ではないかと考えます。

それに、「1株当たり純資産額」は、もし清算すれば株主が実際にもらえる「1株当たりの金額」(清算価値)を意味するわけではありません。なぜなら貸借対照表に記載されている資産は、その金額で売却できることを保証する金額ではないからです。理論的には清算価値と言われますが、現実に清算時の残余財産として分配される金額を保証してくれるわけではありません。

しかも、解散決議の可決について現実性がないのであれば、清算価値が実現することもあり得ないのですから、清算価値を「客観的価値」といって議論しても意味がないのではないかという観点もあり得ると思います。

ただし、会社が発表している中期経営計画等を前提にして、収益還元法(DCF法)を考えた際に、それでも清算価値を下回るようであれば、それはそれで取締役としての善管注意義務や忠実義務に違反する可能性があるという問題は別途発生するように思います。経営者(取締役会)が、会社の資産を全部売却するより、何とか事業を継続して収益につなげる方が株主への利益に資すると判断しているからこその事業継続の判断であり、そうでなければ株主及び会社に対する関係上、解散して、清算するべき義務が認められる可能性は否定できないでしょう。

以上が私見です。ご参考になれば幸いです。

執筆者
S&W国際法律事務所

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