寅さんの説得力
最近、「男はつらいよ 寅さんDVDマガジン」というものを購入いたしました。
誠に恥ずかしながら、この年になるまで、映画『男はつらいよ』をきちんと見たことがありませんでした。
しかし、あまりの面白さに驚きました。まだ、シリーズのうち、ほんの数話しか見ていない私が論評するのも、分をわきまえない話かもしれませんが、少し触れさせていただければと思います。
まず今の映画では、見られなくなった、大家族や地域コミュニティーの中の愛情コメディーです。人と人の距離が近く、それゆえ数多くの人間模様とドラマが発生します。お決まりのプロットはありますが、決して単なる1対1の恋愛が魅力の中心にあるわけではありません。この映画のように、大きな話の流れも、細かなネタ的な面白さも、さらにその世界観も楽しめる映画というのは、それほど多くないのではないでしょうか。
ところで、この映画の魅力の1つは、寅さんの口上です。その説得力は、素晴らしいものがあります。
説得力の要素として、エトス(ethos)とロゴス(logos)とパトス(pathos)の3つが挙げられることがあります。確か、アリストテレスによる分析であったと記憶しています。
ざっくりと申し上げれば、エトス(ethos)とは倫理・性格を意味し、ロゴス(logos)は論理を、パトス(pathos)は情熱を意味します。ちなみに、法律家は、常にロゴス(logos)を軸に議論することを生業としています。これが普段の会話にも知らず知らず影響しているようにも思います。勿論、実際に他人を説得する場合は、他の力、すなわちエトス(ethos)やパトス(pathos)も使いますが、基本は、ロゴス(logos)、すわなち論理です。
しかし、寅さんの話は、ほとんど全てパトス(pathos)によって成り立っているとさえ言えるでしょう。少なくとも、第1話「男はつらいよ」で、さくら(倍賞千恵子)に惚れている博(前田吟)に対する寅さんの台詞は、決して論理的ではありません。それどころか、前に言っていたことと180度真逆のことを言うことさえあります。しかし、観客も含めて誰も、変節してるとは、非難しません。決してロジックの優れた説得ではないのですが、聞いていて、ほれぼれする語りであり、いつのまにか引き込まれてゆくのです。それが、いったい何処から来るのかを探るのも、この映画の楽しみかもしれません。
全く、企業法務と関係なさそうな話題ですが、「説得」や「人を惹きつける魅力」という点では、ビジネスの世界にいる人も、この映画から学ぶことは、少なくないように感じました。まだ、ご覧になっていない方は、是非、ご覧になることをお勧めします。