ベンチャー企業が種類株式を発行する場合
起業を考えている方と話をしていると、ときどき「種類株式を発行して、資金を調達しようと考えているのですが・・・」という方と出会います。このとき、私は、「なぜ、種類株式で調達しようと考えているのですか?」と質問することが多いです。
この質問に対しては、少なからず(1)「何となく、種類株式の方が良さそう」「シリコンバレーでは種類株式しか発行しないと聞いている(ので真似したい)」といった回答を受けることがあります。この場合、「であれば、投資家が普通株式で良いと言っているのであれば、そして株価が同じであれば、普通株式で調達した方がよいのではないですか?」と答えるようにしています。
その理由は、あまり種類株式のことをよく理解しないまま発行しても、その後の運用の手間を考えると大変だからです。私自身、種類株式の発行のサポートを何度も担当させていただきましたし、種類株式発行会社のサポートもしてきましたが、確かに、運用面で意識しておかないといけないケースがあります。
特に、種類株主総会決議事項が種類株主総会で決議されていないと、無効になってしまいますので、要注意です。具体的に、よく問題となるのは、会社法第200条第4項の種類株主総会です。種類株式発行会社が普通株式を発行する場合にも、通常の株主総会決議の他に、定款に定めがある場合を除き、同項の普通株主総会(普通株式を保有する株主のみの種類株主総会)を開催する必要があります。他にも、取締役又は監査役の選任条項が付されている種類株式(会社法第108条第1項第9号)が発行されている場合、当該種類株主総会で選任決議された役員の改選議案も忘れがちです。実際に、役員選任条項やA種B種合同種類株主総会決議事項(会社法第108条第1項第8号)等が付されている種類株式を発行していると、定時株主総会前に、A種B種合同種類株主総会、A種株主総会、B種株主総会、普通株主総会(普通株式を保有する株主のみの種類株主総会)を開いて、ようやく定時株主総会を開催するといったことがあり得ます。招集通知の発送の管理等が手間がかかりそうです。
とはいえ、起業家の方から(2)「調達したい金額が大きいので、株価を高くしたい」「外国の投資家(種類株式を使う日本の投資家)から調達予定である」「引受先がファンドと事業会社の2種類あり、それぞれに違う権利を付与したい」「大企業からのスピンアウトであり、その元の会社と新規投資家からそれぞれ取締役が派遣されることになっている」等という話をいただく場合は、それぞれ種類株式を発行するのに合理的な理由がありますので、発行会社側として、種類株式を発行する際に気をつけるポイントをお話しさせていただいています。
また、(3)「上場企業から出資を受けるが、連結させたくない」というケースもあります。これは、どのような場合に起きるかといいますと、上場企業がベンチャー起業に投資する場合、資本的および実質的に支配従属関係があると判断され、連結されてしまって連結決算書類に載るのを避けたいという場合です。赤字のベンチャー起業が連結されてしまうと、上場企業としては連結決算書類が悪い数字になってしまうので困るというわけです。この場合は、無議決権株式という種類株式を当該上場企業に発行して、連結化することを避けるという手法が採られることがあります。売上が立つ前に、研究開発費等でどんどん累積赤字が溜まっていく研究開発先行型のベンチャー企業に見られます。
このとおり、種類株式の発行は、(3)のような場合でない限り、発行会社側からは自らを縛るという側面がありますので、安易な気持ちで種類株式の発行を選択することは危険です。種類株式を採用する合理的な理由がある場合に、専門家の助言を受けて、種類株式の内容をよく理解してから、発行するように心がけていただきたいです。種類株式の概要は、『起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと』の第8章に記載されています。この内容が理解できることは種類株式を発行する上で必須ですが、個別具体的な条項の問題について深く掘り下げられたものではありませんので、投資家から種類株式の要項が提示された時点で、専門家の助言を受けることをお勧めします。