ベンチャー法務の部屋

社長が一番エラいという観念


日本では、代表取締役社長が会社で一番エラいという観念が、東証一部の大企業から、中小企業・零細企業・ベンチャー企業までにいたるほとんどの会社で色濃く残っているように思います。社長は、会社の行為について全責任を持つ代わり、社長が一番エラく、他のものは最終的には逆らえないという関係性があるともいえるかもしれません。

会社の代表者が、会社の行為に責任を持つ立場にであることは、法律的に間違いありません。このような「社長がエラい」という観念は、歴史的にどのように発展してきたのかはよくわかりませんが、ひょっとしたら、封建時代(御恩と奉公の時代)が長かったからかもしれませんし、戦国時代・幕藩体制における家父長制・家督制を戦前まで引きずっていたからかもしれません。それに、このような観念は、日本固有のものではなく、ヨーロッパでも少なくないでしょうし、アメリカでさえ全くないということはないと思います。

しかし、一方で、会社の発展、特にスタートアップやアーリーステージにおける発展を考えた場合に、常に社長が一番エラいという考え方ではない発想が有効となることはあり得るように思います。(あえて「エラい」という曖昧な単語を用いているのは、「社長」という言葉に潜む感覚的なものを表したいという趣旨ですので、不正確な議論となってしまうことはお許し下さい。)

一昨日のエントリー「あるベンチャー・キャピタリストからのメッセージ」で紹介させていただいた原丈人さんの『21世紀の国富論』
には、次のようなくだりがあります。

肩書きは、必ずしも上下関係を意味するものではない
 私たちベンチャーキャピタリストは、優れたビジョンや才能をもつ個人に出会うと創業を勧めます。しかし、この人物を新しい会社の社長に据えることは、決して多くありません。多くの場合、彼が担うのは研究開発担当の部長という役職です。一方、管理能力を要求される社長は、なるべく外部からスカウトするようにしています。
 日本の感覚で言えば、創業者が社長にならないなんて、ずいぶんひどい話だと思われるかもしれません。けれども創業者の多くは、そもそも財務やマーケティング、セールスといった仕事をやりたがらないものです。むしろ研究開発に専念し、没頭したいというタイプの方が多い。とりわけバイオテクノロジー分野のように、発明・発見型の企業ではその傾向が強いでしょう。また研究開発に対する適正が高いからといって、社長職が務まるものではありません。社長職というのは、マネジメントに関するプロでなければ決して十分な職務を遂行できないものなのです。
 アメリカでは管理に長けた人物が社長を務め、技術開発に向いた人が研究開発担当部長、もしくは研究開発担当副社長を務める、というのは当たり前のことです。
(中略)
 アメリカでも日本でも、ベンチャービジネスをつくりだすような創業者はクリエイティビティ(創造性)に富んでいても、マネジメント(管理)は不得意であることが多いのは同じです。
 しかし、日本の銀行はそんな彼らに対して「経営者なら在庫管理や財務を勉強しなさい」と指導する傾向が強い。これでは、せっかく際立ったビジョンがあったとしても、生かされないまま不得意なことに時間を浪費することになりかねません。クリエイティビティとマネジメントは、しばしば相反する概念なのですから。

社長よりも部長のほうが高い報酬をもらうこともある
(中略)
 創業期の企業では始終ポジションが変わるものですが、そこに降格といった暗いイメージはありません。
(中略)
 実はアメリカのベンチャー企業で、社長が最高給をとっているというケースはむしろ稀です。特異な才能をもった人間は、企業のマネジメント能力をもつ人間より少なく、求めようとしても求められない希少価値があります。それならば、社長の報酬よりも研究開発担当部長の報酬が高いのは当たり前でしょう。
(引用終わり)


米国グーグル社のCEOであるEric Schmidt氏は、創業者ではありません。米国グーグル社は、ベンチャーキャピタリストからプロの経営者を雇い入れるよう強く求められたため、同氏が外部から招聘され、当初は会長となり、その後CEOに就任し、現在に至っています。創業者の1人であるLarry Page氏は製品部門担当社長に、Sergey Brin氏が技術部門担当社長になりました。

日本でも研究者の方が始めたベンチャー企業は少なくありません。大企業の研究職に在籍していた方が設立したベンチャー企業や、大学発ベンチャー企業等です。そのような会社では、研究者の方や教授の方が社長に就任されることがほとんどです。ただ、既に述べたように、優れた研究者が優れた社長・経営者とは限りません。老婆心と言われればそれまでですが、社長という言葉に惑わされず、社長を1つの役割に過ぎないと考え、ベターチームを作ることを優先することにより、道が開けるベンチャー企業も少なくないのかもしれないと思うことがあります。

ただ、現実に、プロの経営者を適切にアレンジすることは、優れたベンチャーキャピタリストでも容易ではなく、また日本では、そこまでプロの経営者が流動的ではない(そもそも希少?)こともあり、なかなか実現は難しいでしょう。

それでも、個人的には、そのような体制が整えば、成長する可能性がある開発系のベンチャー企業は少なくないように思います。その意味で、「社長が一番エラい」という観念から脱却し、経営者を1つの職人的仕事と捉える文化や、経営者となり得る人材が豊富にいるという環境もベンチャー企業が育つための生態系の一環を成すのかもしれません。

執筆者
S&W国際法律事務所

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