企業の法務部門の役割(1)
会社の法務部の役割については、契約実務に加え、コンプライアンス、内部統制への要請という観点から、ここ20年くらいで大きく変容してきました。ただ、この領域については、若輩の私が述べるよりも現場に即し、且つ優れた論文や雑誌の特集等があるので、そちらをご覧いただいた方がよいように思います。現役の法務担当者の方が書かれた最近のものとしては、NBL930号から935号にかけて掲載された「日本の契約実務と契約法」(三菱商事株式会社法務部・ニューヨーク州弁護士 小林一郎氏著)や、ビジネス法務12月号「機能する次世代「法務部長」の役割とは」(ソフトバンク株式会社法務部長 須崎將人氏著)等が挙げられます。
ただ、これらの特集は、大規模な企業が想定されていることも少なくなく、未公開企業や中小企業・ベンチャー企業の法務の現場ではなかなか適用するのが難しいかもしれません。
そこで、ベンチャー企業・中小企業が法務とどう向き合うかという問題を少し考えてみたいと思います。ただ、ベンチャー企業・中小企業と法務という問題は多岐にわたりますので、今回は、その中でも、契約実務に限って、検討します。
一般論としては、契約を締結する場合には契約書を作成した方がよいとされています。想定外のことが起きて紛争になった場合、債務不履行が生じた場合に、紛争を防止したり、迅速に債権回収することが目的の大部分でしょう。しかし、卸の業界や広告代理店の業界、伝統的な製造業の業界等で、長年の信頼関係のあるケースや業界慣行のあるケースでは、契約書がないのが当たり前で、その方が上手くいくとされていることは少なくありません。その多くの場合が、発注書と請書だけで取引が進むことや、口約束だけでビジネスがスタートしていることさえあります。これらの実務は、ある意味、効率的であり、経済合理性の観点から、わざわざ契約書を作成しなくても問題ないケースだと思われます。
とはいえ、どんなケースでも、契約書を作成しない方がよいなんていうことはありません。中小企業やベンチャー企業で契約書が必要であると考えられる場合を思いつくところで列挙してみたいと思います。
(1) 信頼関係が築けていない場合
(2) 予め不履行の危惧がある場合
(3) 契約内容の理解が一致できているか確信が持てない場合
(4) 取引金額が大きい場合
(5) 自社の秘密を提供する場合
(6) 知的財産権が関連している場合
(7) ネットを通じて不特定多数と取引する場合(プラットフォーム作成の場合を含む。)
(8) 下請法等の法律により契約書を作成することが義務付けられている場合
(9) 広義の資本取引(新株発行や新株予約権の発行、株式の譲渡や合弁契約、株式交換等のM&Aの場合)
(10) 【上場を目指す会社の場合】 将来の開示書類に、「重要な契約」として記載することとなる可能性が高い契約
(順不同)
等です。
ベンチャー企業や中小企業では、法務部がないケースがありますので、役員がどうするかを判断しなければなりません。選択肢としては、(a)契約書をつくらない、(b)社内で契約書を作る、(c)外部に契約書作成を依頼する(内部で作成して外部にチェックしてもらう)の3つが考えられます。
もちろん、上記の場合でも、常に(c)が適切ということではなく、ケース・バイ・ケースで対応することになります。一見、契約書が必要そうであるが、いざとなれば○○すればいいということもあるでしょう。金額で小さいので、何かあれば取引を打ち切ればよいだけというケース等です。一方、契約書を雛型的に利用する場合等、当初に一度、弁護士のチェックを経ておけば安心というケースもあるでしょう。
しかし、ベンチャー企業・中小企業の役員の方々には、(c)外部に契約書作成を依頼する(内部で作成して外部にチェックしてもらう)ことをお薦めする場合があります。それは、(6)知的財産権が関連している場合、(7)ネットを通じて不特定多数と取引する場合、(8)下請法等の法律により契約書を作成することが義務付けられている場合、(9)広義の資本取引、(10)将来の開示書類に、「重要な契約」として記載することとなる可能性が高い契約です。
いずれも後から修正することが厳しく、取り返しのつかないことになるケースが少なくないからです。
(次回に続く)