ベンチャー法務の部屋

ベンチャー企業の経営と人権  ~ベンチャー企業経営者が人権について理解しておくべきいくつかのこと~ その3

今回は、前回からのシリーズ「ベンチャー企業の経営と人権」です。

これまで:
 ~ベンチャー企業経営者が人権について理解しておくべきいくつかのこと~ その1 
 ~ベンチャー企業経営者が人権について理解しておくべきいくつかのこと~ その2 

7 企業体が人権を尊重すべき典型事例

これまで、企業体が人権を尊重すべき典型事例は、自社内で生じたハラスメントにつき、企業体自体が、従業員の安全に配慮する義務や、職場環境に配慮する義務に、違反するものとして、責任を負うというものです。たとえ、従業員間で生じた人権侵害行為であっても、企業体は、原則としてそれを放置することは許されません。

昨今では、自社内だけではなく、社外の問題であっても、放置することが許されなくなってきたという事例があります。

例えば、企業体の仕入先の工場で人権侵害行為があり、それを認識している場合には、その仕入先との取引を放置することは許されなくなりつつあります。

先日(2021/07/16)、

カジュアル衣料「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングの岡崎健取締役は15日の決算記者会見で、新疆ウイグル自治区の人権侵害問題について、「縫製工場は第三者の監査機関に入ってもらい、人権に問題がないことを確認している」と説明した。

というニュースがありました。

このユニクロの説明は、中国の新疆ウイグル自治区の綿製品が強制労働で生産された疑いがあると国際的に批判が高まり、同自治区で生産される綿製品をめぐって、フランスの司法当局がNGOからの告発を受けて強制労働によって作られた材料を使っている疑いがあるとしてユニクロのフランス法人への捜査を始めていたという流れをうけての説明でした。

企業体は、自社内の人権問題のみならず、取引先で生じた人権問題にも目を配らないといけない時代に入ってきたのです。

次の「8 企業体がどこまで人権に配慮すればよいか悩ましい事例」は、ユーザー側が起こす人権等の権利侵害に配慮しなければならなくなってきたという問題でもあります。

8 企業体がどこまで人権に配慮すればよいか悩ましい事例

SNSなどのプラットフォームサービスにおいては、日々、言論が行われています。twitterやfacebookなどが典型例です。このようなサービスは、これまで世の中に情報を発信する術をもたなかった一般市民が世界に直接情報発信をするために極めて有用なツールとなっています。このようなサービスのおかげで、私たちは、アメリカの大統領がどのような言葉を発したのか、メディアによる編集を経ない生の情報に接することができますし、時に事件事故や戦場といった普通では立ち入れない場所からの生の情報を得ることができます。また、政治的な意見が市民の間の連帯を生み、革命を起こして政権を変えた事例さえあります。

一方で、プラットフォーム上の言論は、憲法に定められた言論の自由によって保障されているわけではありません。その理由は、前回申し上げたとおり、憲法は、私人間、この場合は私企業とユーザーに直接適用されるわけではないためです。要するに、ユーザーは、プラットフォーム上で、市民生活上許される言論であれば、どのような言論をしても許されるとは限らず、憲法は、それを「言論の自由」としては保障してくれません。少なくとも従来の、そして現在における主流の考え方は、このようなものです。

したがって、このようなプラットフォーム上の言論の適否、強制的に削除されるか否か、アカウントが停止されるか否かは、専ら、運営する私企業とユーザーとの間に成立する契約(利用規約に基づくことがほとんどです。)と、それを運用して実際に適用する当該私企業の判断に、委ねられることになるわけです。(ユーザーとしては、運営企業との利用規約に反する運用がされたとして裁判所などで争うことは可能ですが、実際に実行しようとすると弁護士費用の負担など様々なハードルが予想されます。)

ある意味、プラットフォーマー(プラットフォームを運営する企業)は、自分の気に入らない言論を規制することもできるし、全てを放置することもできるわけです。とはいえ、後者に関して、著作権侵害などの明白な不法行為を放置するプラットフォーマーは大手では希少になっています。不法行為の放置に違法性がないとは断言できないということも背景にはあるでしょう。

今年、アメリカの大統領を退職したばかりのトランプ前大統領のtwitterアカウントが運営によって凍結されるということがありました。トランプ前大統領は、大統領時代からそのツイートに「誤解を招く恐れある」や「暴力賛美」などの警告が付されることがありました。一私企業が、大統領の発する言論に、評価を付した状態にしたり、発信手段を止めたりできる、という時代が到来したことを意味するわけです。

今のところ、twitter側の運営は一定程度fairで公正であると社会の大多数が考えていると思われ、現状の運用が是認されている風潮があります。しかしながら、プラットフォーマーが、民族主義的に偏向したり、似非科学に傾倒して、社会的に是認できない判断基準を有してしまった場合に、同じように、「プラットフォーマーの運営方針」ということで、片づけられない事態になるかもしれません。

憲法上の市民の権利は、インターネット上のプラットフォームで、どこまで考慮されるべきなのか、しかもそれをどのように権利実現されるべきなのか、という議論は、まだ始まったところです。

これで、ベンチャー企業の経営と人権 のシリーズは、一旦、終了です。
人権の問題は、SDGsの問題でもあります。当事務所では、SDGs対応にも積極的に取り組んでおり、人権問題への対応や、社内向けSDGs教育について、ご相談がございましたら、こちらからご質問ください。

執筆者
森 理俊
マネージング・パートナー/弁護士

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