ベンチャー企業の経営と人権 ~ベンチャー企業経営者が人権について理解しておくべきいくつかのこと~ その2
今回は、前回からのシリーズ「ベンチャー企業の経営と人権」です。
前回:
ベンチャー企業の経営と人権
~ベンチャー企業経営者が人権について理解しておくべきいくつかのこと~ その1
5 自由の重要さに濃淡がある
前回、「人権」=「自由」と理解してもらってかまわない、ということをお伝えしました。
では、「人権」=「自由」には、どのような種類のものがあるのでしょうか。何かカタログのようなものがあるのでしょうか。
人権のカタログと呼ばれるものがあります。
それは憲法です。
日本国民にとっての人権カタログは、日本国憲法に記載されています。
日本国憲法の第三章は「国民の権利及び義務」というテーマで、日本国民の権利すなわち人権=自由について、列挙されています。
・生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利(第13条)
・選挙権(第15条)
・請願権(第16条)
・思想及び良心の自由(第19条)
・信教の自由(第20条)
・集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由(第21条)
・居住、移転及び職業選択の自由(第22条)
・学問の自由(第23条)
・健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(第25条)
・教育を受ける権利(第26条)
・勤労の権利(第27条)
・勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利(第28条)
・財産権(第29条)
・裁判所において裁判を受ける権利(第32条)
といった具合です。他にも列挙されていますが、主だったものを挙げてみました。
小学校の社会の授業や中学高校の公民の授業で聞いたことのあるものも少なくないと思います。40代以上の世代では、昔、CMで「職業選択の自由 あははん~♪」という歌詞が流れていたことを思い出される方もいるかもしれません。
このように、日本国憲法には、「人権」=「自由」のカタログが列挙されているのです。
これらはいずれも日本国民の権利です。誰に対する権利かといいますと、国家に対する権利です。国家は、これらを尊重する義務があると定めているのが、日本国憲法です。国家は、これらの自由を尊重する義務を負い、「公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」と定めています(第13条)。
もちろん、日本国民は、これらの権利を無制限に行使できるわけではなく、「濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」という留保はつきます(第12条)。
いずれにせよ、国家は、国民の自由、例えば、企業経営における営業の自由も、公共の福祉に反しない限り、立法等の手続きを経なければ、尊重しなければならないことになります。
ただ、尊重すべき程度には濃淡があります。
ざっくりといえば、政治的自由権 > 経済的自由権 の順に、尊重の程度を変えてよいと考えられています。
特に、生命や身体の自由は最も尊重されるべき人権であるといえますし、営業の自由(経済的自由権)と比較して、思想の自由や表現の自由(政治的自由権)の方が、尊重されるべき程度が高いと考えられています。
6 企業体であっても他者の人権を尊重しなければならない
日本国憲法は、日本国民と日本国政府の関係を規律したものですので、国民同士のことについて、大きく論じたものではありません。
とはいえ、自らの権利行使のために、他者の人権=自由を著しく侵害することは許されません。このような議論は、憲法の「私人間効力」と言われることがあります。
この点については、最高裁判所の大法廷判決があります。
「私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によっては、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである。そしてこの場合、個人の基本的な自由や平等を極めて重要な法益として尊重すべきことは当然であるが、これを絶対視することも許されず、統治行動の場合と同一の基準や観念によってこれを律することができないことは、論をまたないところである。」(昭和48年12月12日判決。民集27巻11号1536頁)。
民間企業であっても、私的自治の範囲で、契約さえすれば、どのような契約を締結しても許されるというものではなく、他者、ここでは特に従業員や取引先の人権=自由を全く尊重しないような振る舞いは許されないと判断されることがあるということです。
例えば、締結済み契約書の中に、奴隷的な拘束を定めた規定があっても、無効とされるばかりでなく、場合によっては、強い社会的非難を浴びることがあるのは、そのためです。
ここでは、ベンチャー企業をはじめとする企業体であっても、従業員や取引先の基本的人権を全く尊重しないような振る舞いは許さないこと、その場合の人権の内容には濃淡があることを理解していただければ、十分であると思います。
次回は、企業体が人権を尊重すべき典型事例を取り上げる予定です。