ベンチャー法務の部屋

株式買取請求権のあり方「スタートアップと出資者の取引実態と独占禁止法上の考え方」を踏まえて

1 はじめに 

 これまで、投資契約書の株式買取請求権については、フェアかアンフェアか等といった議論や、その発動要件(の相場)についての議論は見られましたが、独占禁止法から論じられることは少なかったように思います。 今回、公正取引委員会作成の報告書という形で、「 投資契約書の株式買取請求権 」に、独占禁止法から光をあてられることになりました。今後の投資契約書実務に、それなりに影響を与える可能性があるため、本ブログにて、検討します。 拙いながら、数多くの投資契約書の締結及び、株式買取請求権の行使を含めた投資契約書の運用場面に携わってきた弁護士の観点から、可能な範囲で、コメントを加えようと試みたいと思います。

2 公正取引委員会の報告

(1)  2020年11月の報告書 

 公正取引委員会 は、令和2年11月27日付け「スタートアップの取引慣行に関する実態調査について(最終報告)」を作成して、公表しています。

 こちらについて、日本経済新聞(2020年11月25日)では、以下のように報道しています。

 公取委の調査では大企業やVCがスタートアップに対し、不当な要求をするケースが多いことがわかった。特に公取委が問題視するのは出資者による株式の「買い取り請求権」の乱用だ。

 出資者が出資先企業に株を買い取るよう請求できる権利で、大企業やVCがスタートアップに出資する際の慣習となっている。スタートアップは実際に請求されると、資金的に困るケースが多い。大企業がこうした状況を利用し、買い取り請求権の行使をちらつかせながら、不当な要求をするケースがあるという。

 公取委の調査に応じたスタートアップからは「知財の無償提供に応じないと請求権を行使すると示唆された」といった訴えがあった。営業秘密を話すことを強要されたり、必要以上の受注を迫られたりしたケースもあるとみられる。請求権の行使は契約違反など一定の条件を満たす必要があるが、違反がなくても大企業が「脅し」のように使うケースもあるという。

 公取委はスタートアップが出資の引き揚げを恐れて要求をのまざるを得なくなった場合、出資者側は独占禁止法上の「優越的地位の乱用」にあたる恐れがあるとする。

 買い取り請求権は経営者個人に対して行使できる「個人保証」が設定される場合もある。公取委は個人保証は特に負担が大きいとし「設定を外すことが望ましい」とする。

 出資関係がなくても共同研究などで大企業と連携する場合、スタートアップが技術やノウハウなどの開示を強いられる場合がある。調査では重要な資料を開示させられたり、類似のサービスを勝手に立ち上げられたりしたとの声もあった。公取委はこうした行為も優越的地位の乱用にあたる恐れがあると指摘する。

日本経済新聞(2020年11月25日)

 後述しますが、株式買取請求権は、「伝家の宝刀」「抜かずの剣」のようなものであり、投資家といえども、そう簡単に、言及すべきものではなく、真の最終手段にすべきであると考えます。

 そもそも、本気で株式買取請求権を行使しなければならない事態が生じた時点で、その投資や資本関係は、失敗といえます。投資家が株式買取請求権を行使してまで、回収しなければならないシチュエーションは、限定的でしょう。さらに言えば、投資家側が、実際に法的に適切な理解の上で、株式買取請求権を行使することは、難易度がそれなりに高いものであり(例えば、意思表示の撤回の可否や当事者間の株式の効力の移転時期、それに伴って投資契約の効力如何等が問題になります。)、色々な事態を想定して、株式買取請求権を規定している事例は、それほど多くないというのが実感です。

 個人的には、スタートアップ投資の経験が浅い投資家(一部の大企業や大企業CVCを含みます。)が、投資契約書のひな型に株式買取請求権があることをよいことに、 株式買取請求権に安易に言及している事例がそれなりに生じているのではないかと危惧しています。

 なお、投資家側が、発行会社だけでなく、経営株主個人を株式買取請求権の対象としたい理由は、よく理解できます。特に、経営株主個人の表明保証違反や契約違反の場合に、株式買取請求権を行使できなければ、詐欺的な資金調達事例や悪質な契約違反事例への対処が困難になります。また、会社への買取請求権は、会社法の自己株式取得規制、特に財源規制の問題があり、実現が困難であることは少なくありません。

 濫用的な株式買取請求権の行使を防止する観点と、投資者側の 詐欺的な資金調達事例や 悪質な契約違反事例への懸念の両方を満たす調和的な考え方(投資契約書の定め方)については、後記「あるべき投資契約書の株式買取請求権の定め方」にて触れたいと思います。

 現実に、大企業から株式買取請求権の行使を絡めて、不当とも思える請求を受ける事態に直面して、困っているスタートアップがおられれば、是非、当事務所を含め、スタートアップ法務に強い法律事務所に相談いただきたいところです。当事務所では、投資家から株式買取請求権を行使する旨の書面を送付されたスタートアップから依頼を受けて、交渉して、撤回させた事例もあります。

(2) 「スタートアップと出資者の取引実態と独占禁止法上の考え方 」(報告書概要)

 さて、報告書概要の 「スタートアップと出資者の取引実態と独占禁止法上の考え方 」には、株式の買取請求権に関連して、以下のとおり、実態を示したうえで、考え方を示しています。報告書本体82頁以下にも、詳述されています。

【実態】
①知的財産権の無償譲渡等を要請され,その要請に応じない場合には買取請求権を行使すると示唆された。
②スタートアップの事業資金が枯渇しつつある状況において,出資額よりも著しく高額な価額での買取請求が可能な買取請求権の設定を要請された。
③買取請求権の行使条件が満たされていなかったにもかかわらず,出資者から,保有株式の一部について買取請求権を行使された。
④スタートアップの経営株主等の個人に対する買取請求が可能な買取請求権の設定を要請された。

【考え方】
①正当な理由がないのに,知的財産権の無償譲渡等を要請する場合であって,スタートアップが今後の取引に与える影響や買取請求権の行使の可能性等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合,優越的地位の濫用のおそれ
②一方的に,出資額よりも著しく高額な価額での買取請求が可能な買取請求権の設定を要請する場合であって,スタートアップが今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合,優越的地位の濫用のおそれ
③正当な理由がないのに,保有株式の一部の買取りを請求する場合であって,スタートアップが今後の取引に与える影響等を懸念してそれを受け入れざるを得ない場合,優越的地位の濫用のおそれ
④経営株主等の個人に対する買取請求が可能な買取請求権については,出資者からの出資を受けて起業しようとするインセンティブを阻害することとなると考えられるところ,出資契約において買取請求権を定める場合であっても,その請求対象から経営株主等の個人を除くことが,競争政策上望ましい

 上記(1)でも述べたように、投資家側にも、発行会社だけでなく、経営株主個人も、株式買取請求権の対象としたい合理的理由がそれなりにあるなかで、 「出資契約において買取請求権を定める場合であっても,その請求対象から経営株主等の個人を除くことが,競争政策上望ましい」という記載は、かなり踏み込んだ内容であるように思います。ただ、「優越的地位の濫用のおそれ」としなかったのは、投資家側の事情にも配慮した表れでしょう。

 ここで、気になるのは、ファンドが満期になる場合を株式買取請求権の発動事由として、実際にファンドの満期を理由に行使することは、「正当な理由がないのに,保有株式の一部の買取りを請求する場合」に該当するか、という点です。

 この点は、非常に難しいですが、ここでの正当な理由は、発行会社又は経営株主個人に起因する理由であると限定されるように読めば(そのような文脈である可能性は高いです)、ファンドの満期は、正当な理由に該当しないと判断される可能性はそれなりにありそうです。したがって、 ファンドが満期になる場合を株式買取請求権の発動事由とするような規定において、経営株主などの個人を買取義務者とすることは、競争政策上望ましくないということは言えるかもしれません。

(3) 報告書本体記載の事例

 報告書本体には、株式の買取請求権の行使事例が複数記載されており、それぞれにコメントしたいところですが、今回は、割愛して、いずれ機会があれば、論じたいと思います。
 ただ、一点申し上げるとすれば、「 <出資者の意見> ○ かつては,融資のような条件の出資が行われることもあったが,今は少ないと思っている。 」(報告書51頁)とありますが、この「融資のような条件の出資」は、今でもそれなりに見かけます。
 特に、種類株式の内容に、金銭を対価とする取得請求権が含まれているケースで、一定期間の経過が取得請求権の発動事由になっている場合は、事実上の劣後債と変わりありません。投資家に債権と株式の良いとこどりをされているといえ、発行会社側に非常に不利なスキームであると言わざるをえません。
 このような種類株式を用いたスタートアップ投資は、少なからずみられます。発行会社側にとっては、かなりリスクが高く、不利なスキームで出資を受け入れていることを十分理解しているかどうか、よく確かめて、どうしてもその資金調達方法に頼らないといけないのか、再度、慎重にご検討いただいた方がよいでしょう。

3 あるべき投資契約書の株式買取請求権の定め方

 ここでは、発動事由と行使の相手方に絞って、検討したいと思います。

 まず、発動事由は、以下のあたりが相当であると考えます。
(1) 当該投資契約及び株主間契約違反
(2) 発行会社及び経営株主による表明保証違反
(3) (払込の前提条件の定めがある場合)前提条件の不充足
(4) 経営成績及び財政状況の点で株式公開の要件を満たしているにもかかわらず、株式公開を行わない場合

 また、これらに加えて、「(1)の契約違反や(2)の表明保証に反する程度が投資契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない」旨の規定を備えることが相当でしょう。
 (1)から(4)までの規定は、およそ一般的な規定であり、いずれも発行会社及び経営株主の責めに帰すべき事由といえます。また、民法の解除事由でも定められているとおり(第541条但書参照)、軽微な場合を除外する旨の規定を、投資契約における事実上の解除規定である株式買取請求権規定に設けることは、合理的であると考えます。
 行使の相手方については、報告書にて「経営株主等の個人に対する買取請求が可能な買取請求権については,出資者からの出資を受けて起業しようとするインセンティブを阻害することとなると考えられるところ,出資契約において買取請求権を定める場合であっても,その請求対象から経営株主等の個人を除くことが,競争政策上望ましい」とあるものの、現に、詐欺的な資金調達事例や悪質な契約違反事例が存在し、このような事例で株主代表訴訟等の手続きが有用ではないことが容易に想定できることに加え、会社法の自己株式取得規制、特に財源規制の問題があり、初期に累積の損失が積み重なることの多いスタートアップでは、財源規制をクリアできる見込みも低いことから、経営株主個人を対象とすることはやむを得ない部分が残っていると考えます。

4 終わりに 

 今回の報告書は、大変興味深い事例及び内容が盛りだくさんです。 現に投資家との関係に悩んでおられる方、一緒に報告書の内容を検討したいと希望される方、株式買取請求権の定め方や対処について悩んでいる方は、是非、一度、ご相談ください。 https://www.swlaw.jp/contact/

執筆者
森 理俊
マネージング・パートナー/弁護士

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