ベンチャー企業のモチベーション2.0 ストック・オプションの話(2)
前回 の続きです。(今回から字を大きくしてみました。)
■ストック・オプションとバイアウト■
前回の最後には、ストック・オプションを保有していたところ、会社が買収の対象になったら、どうなるかという話をしました。
この件で、『ガズーバ!―奈落と絶頂のシリコンバレー創業記 (Impress business books)』というベンチャー企業の悲喜交々が記された面白い本の中に、良いエピソードがありましたので、ご紹介したいと思います。
背景としては、著者がシリコン・バレーで設立したベンチャー企業が、ある会社から買収の提案があったという場面です。
買収はうれしい!?(p.93)
「企業買収」というと買収された側はたまったものではないといった感じがするが、スタートアップ企業にとって買収されるターゲットになることは多くの場合とてもうれしいことなのだ。(中略)買収されるまでは持っている自社の株の売り先はないし、もし主要ファウンダーが抜けたり、株を大量に売っていたりしたら、その会社の将来性が疑われてしまうが、買収によって自分が辞めることができるよいきっかけになるのである。買収する側は残ってもらいたい人には大量のオプションを新規に発行することにより残ってもらい、それ以外の人たちはべスティングを一気に四年分進めて「はいサヨウナラ」という具合である。
シャンティはクビでうれしい!?(p.100)
そのタームシートで面白かったのは、シャンティはクビ、(中略)という条件だった。この場合、うれしいのは誰かというとシャンティである。クビということはチェンジ・オブ・コントロール、すなわち経営権保持者の変更において新会社がオプションの継続をしないということ、これは普通では四年かかるべスティングがなんと彼の場合は二か月も働かないうちに完了し、五千万円ほどのゲンナマを手にすることができる。
(引用終わり)
業界用語が多くて、理解しづらい部分もありますが、解説を試みます。
まず、用語の解説です。
スタートアップ企業: 日本で言うベンチャー企業に近い。英語では、立ち上がったばかりの会社は、start-up(s)という表現が一般的。ベンチャー企業とは言わない。
ファウンダー: 会社の創立者
オプション: ストック・オプション
べスティング: べスティング条項。以下の解説を参照。
次に、背景事情の解説です。
米国では、上場は、ストック・オプションの行使条件ではないことがほとんどであると思われます。上場以外に、バイアウト(M&A)でExitする場合も少なくありませんので、上場を行使条件とすると、ストック・オプションをもらう側が納得しないということが背景にあると思います。
べスティング条項とは、年が経過するごとに、行使可能割合が増える条項のことです。ストック・オプションを100個もらったとしても、最初から100個全部行使できるわけではないのが通常です。会社に長居してもらうため、取得して6カ月経過で12.5%、1年経過でさらに12.5%・・・と徐々に行使可能割合が増えるように設計されることが(米国では)多いです。6か月で12.5%だと、4年で100%となり、全て行使できることになります。日本でも時々規定されますが、後述する税制適格との関係もあり、あまりみかけません。
さらに、ややこしいのは、ガズーバの件を含む海外の会社のストックオプションでは、このべスティング条項に但書がついており、チェンジ・オブ・コントロール(支配権の変更)以降は、ストック・オプションの保有者はストック・オプションを全部行使することができるとなっていることが多い点です。チェンジ・オブ・コントロール(支配権の変更)の際に行使できず、残存又は消滅すると、受け取る側が納得しないうえ、残存されてしまうと、100%買収にならないので、買収側も嫌がることになります。
これから日本のベンチャー企業でも、このようなべスティング条項を入れるタイプのものが増えてくるかもしれません。
■ストック・オプションと税制適格■
ストック・オプションを設計する際は、基本的に税制適格を満たすように設計した方がよいです。
税制適格とは、租税特別措置法第29条の2第1項各号等の所定の要件を満たすことを言います。これらの要件を満たしたストック・オプションは、行使時に所得税がかからないという特典を受けることができます。代わりに、行使によって取得した株式を売却するときに、税金がかかります。
1.行使価額5万円の新株予約権をもらう
2.上場して株価が100万円になった
3-1.新株予約権を行使して、会社に5万円を払い込んで株をもらう。
3-2.株を市場で100万円で売った
4.新株予約権の行使で、95万円の利益がでた
前回のストーリでは、本来、3-1の部分で、所得税がかかるところ、税制適格の場合は、かからないということになります。代わりに、4のところで、譲渡益課税の対象になります。3-1の部分では、まだ現金が手元にありませんので、税金が発生してしまうと大変です。さらに、所得税は譲渡益課税より税率が高いことが多いですので、この点も税制適格がないと不利です。
税制適格の要件には、行使は2年目から10年目までの間に行うことや、権利行使価額の年間の合計額が1200万円を超えない等があります。したがって、税制適格を受けるためには、当初から2年は行使できないという割当契約書を結ぶことになります。なので、最初に割当契約書を結ぶときには、べスティング条項を定めても、最初の2年は実感ありません。おそらく、べスティング条項やチェンジ・オブ・コントロールを導入する場合は、(予め割当契約書に仕組んでいたとしても税制適格を満たす形で割当契約書を作成し)買収の提案があってから割当契約書を変更するのが相当かと思います。
なお、発行済株式数の3分の1超を保有する大口株主も税制適格を受けることができません。この場合に対応策は、別途考える必要がありますので、専門家にご相談ください。
■ストック・オプションと金融商品取引法■
ストック・オプションの発行は、手続的に、新株予約権という有価証券の取得の申込みの勧誘を経ることになりますので、「有価証券の募集」か「有価証券の私募」のいずれかに該当することになりますので、「有価証券の募集」に該当しないようにするか、「有価証券の募集」に該当したとしても有価証券届出書が免除されるようにしなければ、有価証券届出書を提出する義務を負ってしまいます。
この点も留意して頂く必要があります。特に、50人(通算規定に注意)以上に発行する場合は、ご留意ください。
■その他■
ストック・オプションを発行することは、既存の株主にとっては保有する株式の価値が希薄化してしまう可能性があることを意味します(特に、無償発行の場合)。とはいえ、役員や従業員等のモチベーションがアップすることも、株主の望むところではありますので、そのあたりを上手に調整をつける必要があります。経営陣は、株主に対して、ストック・オプションの有用性や適切性を説明することが重要です。
■まとめ■
以上のように、ストック・オプションの発行には、法的に留意すべき点が少なくないです。しかし、上手に活用すれば、役員や従業員、起業家自身にとっても、大きなモチベーションとなることになることは間違いないと思います。たとえ、それがモチベーション2.0であったとしても、現金の支出を伴わずに、金銭的モチベーションを産み出せる方法として、貴重です。条件等のアレンジの幅も大きいですので、専門家と相談しながら、上手に活用していただければ、と考えています。