解除条項について考える(1) ~意外と取扱いが難しい~
契約実務の現場では、契約が成立した場合にその条項は、(i)裁判所が有効と判断し、最終的に執行につながるか、(ii)仮に、執行にまでつながらなくても、事実上の交渉力に転化できるか、ということを意識しながら、条文作成やチェックを行わなければなりません。
実務的には、「破った場合のペナルティーが明確でない条項はあまり意味がない」 (∵執行によって相手にダメージを与えられなければ意味がない)、 「無効かも知れなくても、入れておいても損はない」 (∵有効だったら御の字で、無効の可能性があっても有効ならばダメージを受けるという状況そのものにより交渉力を得られるだろう)等と考えながら条文構造を検討します。この話は、会社の法務を担当されている方は、よく御存じかと思います。
契約のペナルティーの代表は、解除と損害賠償請求です。今回は、この解除条項を取り上げたいと思います。
解除条項は、基本的には、契約しなかった状況に戻る(戻す)義務が発生することを意味します。法律的には、既に履行した債務については(債権者に)原状復帰の義務が発生し(遡及効)、未だに履行されていない債務については(債務者が)履行義務から解放されるのが原則です。既履行債務の巻き戻しの意味がないタイプの契約は、将来において、互いに履行義務から解放されるという効果のみ発生する(将来効)ことになります(賃貸借契約や委任契約等)。
解除にはこのような効果があることから、一般に契約違反があると、損害賠償請求できるかということと並んで、解除できるかということが当事者の大きな関心事になります。そこで、様々な契約書では、解除条項が定められ、解除権が発生する場合のリストや無催告特約が規定されることになります。
この解除条項は、典型的な契約では、かなり威力を発揮します。売買契約では、「お金払わないなら、物を返せ!」とか、逆に「物を引き渡さないなら、お金返せ!」と言えますし、賃貸借契約であれば「賃料を払わないなら、部屋から出ていけ!」と言えることになります(借地借家法等で解除権に制約が生じることはあります。)。
とはいえ、なんでもかんでも、契約違反→解除権発生と規定することが正しいわけではありません。解除条項は、先ほど述べた「ペナルティー」として有効に機能しない場合があり、有効に機能しない(or有効に機能しない可能性が高い)にもかかわらず、解除条項が規定されているケースや、「ペナルティー」を解除条項に頼り切っているケースが散見されますので、整理してみたいと思います。
■ 秘密保持契約
秘密保持契約に違反した場合、契約解除は全く意味がありません。考えていただけるとわかりますが、「Xは、YがXに提供した秘密を保持しなければならない」との規定をXが破った場合、すなわちXが秘密を漏えいした場合に、秘密保持契約を解除しても、意味がありません。秘密保持契約を解除しても、今後のXの秘密漏えいが適法化されるだけです。これでは、ペナルティーのつもりが、逆に適法化という結果になってしまい、望ましくありません。
秘密保持契約のペナルティーとしては、解除条項は意味がありません。仮に規定するのであれば、秘密保持契約は、他に締結した契約(共同開発契約、業務委託契約等)の付属又は前段階として締結されることが多いですので、秘密保持契約違反の場合、当事者間で締結している他の契約を解除できる旨を規定することが考えられます(他の契約を解除する場合でも秘密保持契約・条項自体は存続するようにしておく等の設計が必要)。
なお、余談ですが、秘密保持契約は、損害賠償請求条項もペナルティーとして機能しにくいという特徴があります。秘密と損害の因果関係が立証しにくい、損害額が算定しにくいというのが、理由です。したがって、秘密保持契約では、(i)損害の範囲を幅広く定めておくとともに、(ii)運用面において、秘密が漏えいしない体制(秘密に触れる人を限定する、本当に重要な部分は秘匿しておく等)を出来る限り築くことが重要となってきます。
■ 投資契約
投資契約違反の契約解除も、難しい問題があります。
そもそも投資契約とは、何でしょうか。
投資契約とは、投資家が投資先企業に対して出資し、株を引き受ける場合に、投資家と投資先企業の間で締結される契約です。典型的には、ベンチャー・キャピタルがベンチャー企業に出資する場合に、締結されます。契約内容は多岐にわたりますが、報告義務、誓約事項、取締役選任権、表明保証や投資家の先買権等があります。
投資先企業が投資契約に違反する行為をした場合(たとえば、契約上、定款変更は投資家の事前承諾を得なければならないとされていたにもかかわらず、投資家の事前の承諾なく、定款を変更した場合)、解除権は、ペナルティーとして有効でしょうか。
実のところ、投資契約も秘密保持契約と同じく、投資家にとっては、投資先企業に守ってもらわないと意味のない契約ですので、将来効=今後、投資契約を守らなくてよいよ、というのは、全く意味がありません。
では、遡及効は、どうでしょうか。すなわち、新株の引き受けを解消するというペナルティーです。これは、そもそも会社法的に無効の可能性が高いです。一度、発行されてしまった新株は、後から、取り消したり、無効を主張することは、非常に難しいのです。錯誤や詐欺・脅迫を原因とする場合であっても、株主となった日から1年又は株主としての権利行使後は、無効又は取消しの主張ができないとされています。したがって、解除を原因とする遡及的無効も認められない可能性が高いでしょう。
したがって、投資契約に解除条項を規定しても意味はほとんどありません。実務では、解除条項の代わりに、投資家の株式買取請求権を規定します。投資先企業が投資契約に反すると、投資家が保有する株式を買い取らせる権利を株式買取請求権といいます。これで事実上、解除と同じ効果を生み出す意図があります。ただ、この株式買取請求権も行使すると、投資先企業にとっては自己株式の取得になってしまうことから、自己株式の取得規制という壁を乗り越えなければなりません。そのため、経営株主も買取義務者に入っていることが多いです。
((2)に続く予定)