ベンチャー法務の部屋

『大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き』(経済産業省)

今月(2019年5月)、経済産業省にて『大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き』が策定されました。

 

1 『大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き』の策定

昨今、大学発ベンチャーに関連して、大学が保有している知的財産をベンチャー企業に移転する場合等の対価として、新株予約権を取得する例がかなり増えてきたように思います。

先日(2019年5月)、経済産業省は、『大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き』を策定しました。

私は、これまで実際に国立大学法人の知財移転や新株予約権取得に関与して、助言などを行っており、これまでの関連する動きと併せて概観したいと思います。

 

2 これまでの文部科学省通知などの状況

これまで、文部科学省から、以下の通知において、例えば下記の指摘がありました。

 国立大学法人等は、法第22条第1項各号又は法第29条第1項各号に規定される業務と離れて、収益を目的とした別の業務を行うことはできないが、同項各号の範囲内の業務を行う中で、受益者に対し費用の負担を求め、結果として、収益を伴うことまでは否定されていない。
その対価として現金に代えて株式等を受け入れざるを得ないような場合には、株式等を取得することは法的に可能と解されること。
ただし、国立大学法人等においてその取得を慎重に判断した上で実施するものであることに留意すること。また、この取扱いは、当該対価を現金により支払うことが困難な大学発ベンチャー企業等を対象として想定しているものであり、株式公開企業等の現金による支払が可能な企業について、現金に代えて株式等を取得することは法の趣旨に照らし妥当な取扱いとは解されないこと。

(想定される対価の例)
・国立大学法人等の教育研究活動に支障のない範囲内において、一時的に、国立大学法人等の施設を使用させる対価
・国立大学法人等の教育研究活動の成果を活用し、技術相談業務、技術顧問業務、法律相談業務等、技術的な支援を行い、得る対価など

(文部科学省高等教育局長等 29文科高第410号 平成29年8月1日「国立大学法人及び大学共同利用機関法人が株式及び新株予約権を取得する場合の取扱いについて(通知)」)
注釈:「法」とは国立大学法人法を意味する。太字は筆者による。

また、内閣府及び文部科学省から、以下の通知において、下記の指摘がありました。

法第 34 条の 4 及び第 34 条の 5 は、研究開発法人及び国立大学法人等が支援に伴い株式等を取得することができる場合を、法人発ベンチャーの資力その他の事情を勘案し、特に必要な場合としている。すなわち、支援を行う研究開発法人又は国立大学法人等の研究成果を活用した事業の有望性が高い法人発ベンチャーであって、当該研究開発法人及び国立大学法人等による支援に対し、現金による支払を免除又は軽減することが当該ベンチャーの経営の加速のために特に必要と考えられる場合が対象となる。

法人発ベンチャーから株式等を提供したい旨の意向が示された場合、研究開発法人及び国立大学法人等は、株式等の 価値を公正かつ客観的に評価できるよう、必要に応じて、株式等の取扱いに係る経験等を有する外部専門家の意見を活用しつつ、法人発ベンチャーとの合意の上で取得する株数等を決定する必要がある。

(内閣府 政策統括官(科学技術・イノベーション担当) 文部科学省 科学技術・学術政策局 平成31年1月17日「研究開発法人及び国立大学法人等による成果活用事業者に対する支援に伴う 株式又は新株予約権の取得及び保有に係るガイドライン」)
注釈:「法」とは科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律を意味する。太字は筆者による。

以上を踏まえると、従前から、取得時や保有時に以下の留意事項が考えられていました。

【大学側の取得時の留意点】
・ 新株予約権の取得については、ライセンスの相当性、新株予約権取得の相当性(事業の継続性や回収可能性など)に留意する
・ 新株予約権自体の相当性(数や内容の合理性など)に留意する
・ 実務上、ライセンス等の対価及び新株予約権1個あたりの価値を算出し、ライセンス等の対価を新株予約権1個あたりの価値で割って、個数を算出することが理想である。ただし、現実には、ある程度の仮定を前提とした上での計算をもとに、外部専門家の意見を活用しつつ、法人発ベンチャーとの合意の上で取得する株数等を決定する。

【大学側の保有後の留意点】
・ 特段の事情がない限り、換金可能な状態になり次第可能な限り速やかに売却することが求められる。
・ 自益権(利益配当請求権や残余財産分配請求権)の行使はよいが、議決権の行使など経営参加権等のいわゆる共益権の行使は、原則として認められない。例外あり。

 

3 経済産業省作成の『大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き』について

経済産業省は、『大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き』において、基本的な考え方として、以下のとおり、述べています。

「現金による支払を免除又は軽減することが当該ベンチャーの経営の加速のために特に必要と考えられる場合」である基準については、ベンチャー企業の成り立ちや将来的な事業計画、また大学との関わりは多様であり、株式・新株予約権の取得の妥当性を画一的な基準で判断することは困難です。そのため、株式・新株予約権の取得可否の判断は、対象とする企業がその時点で保有しているキャッシュの多寡だけではなく、ライセンスに伴って現金による支払を免除又は軽減することがその企業の事業計画を勘案すると必要かどうか、また、企業側が希望しているかどうかという視点で検討することが適切であると言えます(p.19)。

また、考慮するための要素として、「新株予約権取得の判断を行うための事業計画を確認し、現金を回収できることが一定程度見込まれること」「新株予約権を取得するタイミングとして、シード期が一般的であるが、例外もあり各ケースに合わせた対応をすること」「事業内容と大学ミッ ションとの関連性を整理するとともに、事業内容の公正性などを確認すること」等が挙げられています(p.20)。

 

4 今後の動き

今回の『大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き』の策定は、これまでの議論状況を整理し、一覧性を高めたものといえます。実務上の留意点も、これまでと比して、変化したというものではなく、わかりやすく整理されたといえます。

これまでも、日本の大学が知的財産権のライセンスに伴って大学発ベンチャーから新株予約権を取得する場合はありましたが、これが加速するものと思われます。

当事務所では、これまで、国立大学法人を中心に、大学発ベンチャーから新株予約権を取得するに際して、「ライセンス契約書」及び「新株予約権割当契約書」の作成をサポートしたり、新株予約権を取得することの相当性の要件の確認などの業務を提供したりしてきました。

これからも大学発ベンチャーが、このような仕組みを使って、ますます加速することを強く期待しています。

文責:森 理俊

執筆者
S&W国際法律事務所

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