みなし残業代(固定残業代)に関する最高裁判決
みなし残業代(固定残業代ともいいます。)を賃金体系に含めている企業が増えているように思いますが、先日、みなし残業代に関する新たな最高裁判決(最高裁第一小法廷平成30年7月19日、以下「本件最高裁判決」といいます。)が出ましたので、簡単に、ご紹介します。
まず、みなし残業代とは、一般に、労働基準が定める割増賃金(残業代)の算定方法に基づく支払いに代えて、一定額の手当を支払う方法のことをいいます(名称としては、営業手当等の名称が付されている場合が多いように思います。)。
一般に、みなし残業代が法律上有効であるといえるためには、少なくとも、基本給と明確に区別できることが必要とされています。なお、この点に関する詳細や、みなし残業代を就業規則で規定する際の注意点等については、弊所の三村雅一弁護士が執筆した以前のブログ(ベンチャー法務の部屋「固定残業代に関連する判例(最高裁平成29年7月7日小法廷判決)の紹介」)をご参照ください。
https://www.swlaw.jp/%E6%9C%AA%E5%88%86%E9%A1%9E/1060/
本件最高裁判決の事案の概要は、以下のとおりです。
企業と従業員の雇用契約では、基本給46万1500円、業務手当10万1000円とされていました。
雇用契約書には、「月額562,500円(残業手当含む)」、「給与明細書表示(月額給与461,500円 業務手当101,000円)」と記載されていました。
採用条件確認書には「月額給与461,500円」、「業務手当101,000円 みなし時間外手当」、「時間外勤務手当の取扱い 年収に見込み残業代を含む」、「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」と記載されていました。
賃金規程には「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして時間手当の代わりとして支給する。」との記載がありました。
上記の条件下で、従業員が企業に対し、みなし残業代とは認められないと主張し、業務手当とは別に、残業代の支払いを請求しました。
原審(東京高裁)では、業務手当が何時間分の時間外手当に当たるのかが従業員に伝えられておらず、時間外労働の合計時間を測定することができないこと等から、業務手当を上回る時間外手当が発生しているか否かを被上告人が認識することができないものであって、業務手当の支払いを法定の時間外手当の全部又は一部の支払いとみなすことはできないと判断しました。
これに対し、最高裁は、以下のように判断し、原審(東京高裁)を覆したうえで、従業員に対して支払われるべき賃金額等を審理させるため、原審に差し戻しました。
まず、最高裁は、みなし残業代を採用すること自体が労働基準法第37条に反するものではなく、定額の手当を支払うことにより、割増賃金の全部または一部を支払うことができることを確認しました。
そのうえで、雇用契約において、ある手当が時間外労働等に対する対価として支払
われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体
的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断をすべきであると判断しました。
本件においては、本件雇用契約書、採用条件確認書及び賃金規程において、業務手当が時間外労働に対する対価である旨が記載されていたことや、業務手当が1ヵ月当たりの平均所定労働時間をもとに算定すると、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当し、実際の時間外労働等の状況と大きく乖離するものではなかったこと等から、業務手当の支払いをもって、時間外労働等に対する賃金の支払とみることができると判断しました。
本件は、雇用契約書等の記載において、業務手当が時間外労働の対価であることが明確に記載されていたことが重要な前提であると考えられます。そのうえで、みなし残業代が、何時間分の時間外手当に該当するものかを明確にしていないケースであっても、みなし残業代として有効であると判断できる場合があることを示したものであると考えられます。
もっとも、本件最高裁判決は、みなし残業代として有効である理由として、いくつかの考慮要素を挙げていますので、実務において、これから就業規則や賃金規程等の作成や修正等をする場合には、弁護士に相談して頂いた方が無難であると考えます。
(文責:藤井宣行)