従業員の退職にあたって、ストックオプションはどのように処理すればよい?
ベンチャー企業では、重要な従業員に対するストックオプションの付与は、珍しくありません。しかし、従業員のモチベーションを高める目的でストックオプションを付与したにもかかわらず、会社の上場前に、当該従業員が退職してしまうことがあります。
その場合に、元従業員が保有するストックオプションをどのように取り扱えばよいのかという点について、解説します。
1 ストックオプションの内容の確認
ベンチャー企業において、従業員に対してストックオプションが付与される場合、その目的は、会社の成長と将来の上場に対するインセンティブ報酬であることが通常です。
そこで、ストックオプションを発行する際には、その内容として、「退職した場合は会社がストックオプションを無償で取得できる」と規定しておくことが一般的です(以下、当該規定を「取得条項」といいます。)。
従業員の退職が分かった場合、まずは、取得条項及び行使条件を確認しましょう。
取得条項の建付けは、大きく分けて2通りが考えられます。
1つ目は、従業員が退職した場合には、保有するストックオプションの全部を会社が取得する設計です。このように設計されている場合には、後記2、3の手続きは、当該従業員の保有ストックオプションの全部が対象となります。
2つ目は、従業員が退職した場合、退職までの在籍期間に応じて、保有するストックオプションのうちの一定数のみを会社が取得し、残りは退職後も従業員が保持し続けられる設計です(「べスティング条項(vesting clause)」と呼ばれます。)。このように設計されている場合には、後記2、3の手続きは、会社が取得できるとされる数のストックオプションのみが対象となり、従業員が保有し続けられるストックオプションは対象となりません。
行使条件の建付けとしては、主に、「取得条項が発生していないこと」と定められている場合と、「役員使用人等の身分を有していること」と定められている場合があります。後記3(2)の行使不能による消滅に関わってきます。
なお、このようなストックオプションの内容は、従業員との間で締結した新株予約権割当契約書や、新株予約権の発行を決議した株主総会議事録、それに基づく法人登記等から確認することができます。
2 従業員から放棄書の提出を受ける場合
ストックオプションの内容が確認できれば、続いて、従業員に対して、ストックオプションの放棄書の提出を求めましょう。
従業員がストックオプションを放棄することで、当該ストックオプションは消滅すると解されています。
従業員から放棄書の提出を受けずに手続きを求めることも可能ですが(後記3参照)、放棄書を取得することで、①手続きを簡便に進めることができ、かつ、②従業員との間でストックオプションに関して紛争が生じるリスクを避けることができますので、実務上はこの方法によることが一般的です。
会社の資本関係は、上場の場合もM&Aの場合も重視されますので、証拠化のため、口頭等ではなく書面で放棄の意思表示を取得しておくことが重要です。
放棄書の提出を受けた後、新株予約権が放棄された旨の登記手続きを行います(会社法第915条第1項、第911条第3項第12号。具体的には、新株予約権の数と新株予約権の目的たる株式の種類及び数の変更が必要です。なお、新株予約権の行使と異なり、(会社法第915条第3項が適用されないため)原因年月日ごとの変更登記が必要です。以下、登記申請については根拠条文を省略)。
従業員としても、通常はストックオプションの内容を理解して、放棄書の提出に応じることになりますが、従業員の協力が得られない場合には、次の3の手続きを検討します。
3 本人の協力が得られない場合
従業員の協力が得られない場合には、会社法等に基づいて、会社から一方的にストックオプションの処理を行うことになります。その方法として、以下の2通りの手続きを紹介します。
(1)取得、消却
従業員が退職した場合に会社がストックオプションを無償で取得できる旨の取得条項に基づいて、ストックオプションを取得し、その後に消却する方法です。
具体的な手続きは、取得条項の内容に従う必要がありますが、一例として、典型的な手続の流れを以下に記載します。
手続きには、少なくとも2週間を要しますので、ご留意ください(下記5参照)。
- 従業員の退職
- 無償取得の日と取得するストックオプションを決定(取締役会決議/取締役会設置会社でない場合は株主総会決議。会社法第273条第1項、第274条第1項)
- 当該従業員に対する通知又は公告(会社法第273条第2項、第3項、第274条第3項、第4項)
- 無償取得の効力発生(会社法第275条第1項第2号)
※ 3の通知又は公告から2週間が経過している必要があります。 - ストックオプションの消却(取締役会決議/取締役会設置会社でない場合は取締役の過半数の決定など。会社法第276条第1項)
- 新株予約権を消却した旨の登記手続き(5の議事録等が必要です。)
(2)行使不能による消滅
会社法上、ストックオプションを行使することができなくなったときには、当該ストックオプションは消滅します(会社法第287条)。但し、「ストックオプションを行使することができなくなった」といえるためには、現在一時的に行使できないというだけでは足りず、今後一切行使できない状況にあることが必要ですので、ストックオプションの内容を慎重に検討しましょう。
ストックオプションの内容によって、以下のような対応が考えられます。登記手続きの添付書類は特にありません。
- 従業員が退職した場合にはストックオプションを行使できないと規定している場合
→ 一般的には、退職したらその後は一切行使できなくなるものと解されます。ストックオプションが消滅した旨の登記手続きを行います。
- 従業員が退職した場合には原則としてストックオプションを行使できないが、取締役会が特別に認めた場合には例外的に行使が可能と規定している場合
→ 従業員の退職のみでは、取締役会決議で行使を認める可能性が否定できません。私見として、取締役会決議によって、当該従業員によるストックオプションの行使を認めることはない旨を決議しておく必要があると考えます。その後、ストックオプションが消滅した旨の登記手続きを行います。
4 まとめ
ストックオプションを保有する従業員が退職する場合、まず、当該従業員に対してストックオプション放棄書の提出を求めます。
万一、従業員が放棄書の提出に応じてくれない場合には、ストックオプションの取得・消却の手続きをとるか、又は、行使不能によって消滅したものとして、ストックオプションを処理する必要があります。
しかし、ストックオプションの取得・消却は手続きがやや煩雑ですし、ストックオプションの行使不能による消滅は、「今後一切行使できない状況にあるか」という点で曖昧さが残ってしまいます。
そのため、ストックオプションを付与する段階で、従業員に対してその内容を丁寧に説明して理解を得ておくことで、退職の際のトラブルのリスクを予防するとともに、ストックオプションの付与について専門家のサポートを得ることで、トラブルとなった場合のリスクを軽減しておくことが望ましいです。
当事務所では、ストックオプションを含む新株予約権の取扱いについて、豊富な実績を有していますので、ストックオプションの発行や取扱いに関するご不安等がありましたら、お気軽にお問合せください。