TOKYO PRO Marketとは?~プロ投資家向け市場の特徴と現況~
上場を目指す会社にとって、どの市場で上場をするかは重大な決断です。しかし、多くの市場が存在する中で、どれが自社に最適な市場なのかを判断するのは簡単ではありません。
そこで本記事では、プロ投資家向けに開設された市場である「TOKYO PRO Market」について、その特徴と現況をご紹介します。TOKYO PRO Marketは、近年注目を集めており、多くの企業が上場を果たしています。
ぜひ、上場を目指す市場選択の参考にしてください。
【この記事のポイント】
- TOKYO PRO Marketは、東証が2012年7月に開設したプロ向け市場であり、J-Adviser制度を採用している。上場基準として形式要件がないなど、比較的上場しやすい市場である(目次1)。
- J-Adviserは担当する上場会社に対して、上場前の上場適格性の調査確認や上場後の適時開示の助言・指導、上場維持要件の適合状況の調査を実施する。J-Adviserは適宜、上場審査及び上場後の管理業につき申請会社に助言をする(目次2(2))。
- TOKYO PRO Marketは、株主数や流通株式数などの上場について形式的基準を設けておらず、実質基準のみで審査を行うため、他の市場と比べより柔軟な上場基準である(目次2(3))。
- 会社の財務情報を公開することになることなどを上場申請のデメリットと捉える経営者もいるが、他の市場と比べるとTOKYO PRO Marketでの上場は負担が少ない(目次2(4))。
- TOKYO PRO Marketで上場する企業は、東京以外の地域が多く、比較的小規模な企業も多い(目次3(2))。
目次
1 TOKYO PRO Marketの概要
TOKYO PRO Marketは、株式会社東京証券取引所(以下「東証」といいます。)が2012年7月に開設した特定取引所金融商品市場(いわゆるプロ向け市場)のうち株券等にかかる市場であり、ロンドン証券取引所の開設するAIM市場のNominated Advisers(通称Nomads)制度を参考とするJ-Adviser制度を採用しています(それぞれの用語については次章以降でご説明いたします)。
TOKYO PRO Marketは、上場基準として形式要件がないなど、比較的上場しやすい市場であるといえます。
TOKYO PRO Marketの上場制度概要については、下記の表をご参照ください。
(TOKYO PRO Marketの上場制度概要)
上場制度概要 | TOKYO PRO Market | (参考)東証他市場 |
開示言語 | 英語又は日本語 | 日本語 |
上場基準 | 形式要件なし | 形式要件あり |
上場申請から上場承認までの期間 | 10 営業日(上場申請前にJ-Adviser による意向表明手続きあり) | 2、3か月程度 (標準審査期間) |
上場前の監査期間 | 最近1年間 | 最近2年間 |
内部統制報告書 | 任意 | 必須 |
四半期開示 | 任意 | 必須 |
主な投資家 | 特定投資家等 | 一般投資家 |
2 TOKYO PRO Marketの特徴
(1)プロ向け市場であること
① 特定取引所金融商品市場
平成20年の金融商品取引法の改正により、金融商品取引所が開設する市場のうちプロ投資家(後記②参照)のみが取引に参加できる市場が認められるようになりました。このうち、特定投資家等(後記②参照)以外の者の委託を受けて行う有価証券の買い付けを禁止する取引所を特定取引所金融商品市場といいます(金商法第2条32項)。
特定取引所金融商品市場は、原則として一般投資家の買い付けが禁止されていることから、一般的に「プロ向け市場」と呼ばれています。
なお、特定取引所金融商品市場には、株式市場であるTOKYO PRO Marketのほかに、債券市場であるTOKYO PRO-BOND Marketがあります。
② プロ投資家(特定投資家)
プロ投資家とは、金融機関や上場会社などの適格機関投資家や、一定の条件を満たす個人投資家や株式会社などをいい、金商法上は特定投資家と定義されます(金商法第2条第31項)。
特定取引所金融商品市場であるTOKYO PRO Markeでは、金商法及び東証の規則において、特定投資家等を除く一般投資家の買い付けが禁止されています。TOKYO PRO Marketにおいて買い付けができる投資家は「特定投資家等」と呼ばれ、大きくは特定投資家と一定の非居住者に分類されます。さらに、特定投資家は、法令によって特定投資家として定義される者と、一定の条件を満たしたうえで、証券会社に届け出ることで特定投資家に移行することのできる投資家(いわゆる「みなし」特定投資家)に分類されます。
少しわかりにくいと思いますので、下記の表をご参照下さい。
(特定投資家の概要)
項目 | 具体例 |
---|---|
特定投資家 | 適格機関投資家(金融機関など)、国、日本銀行 |
特定投資家(一般投資家へ移行可能) | 上場会社、資本金5億円以上の株式会社 |
「みなし」特定投資家 | 上記以外の株式会社、一定の要件に該当する個人 |
非居住者 | 日本国内に住所又は居所を持たない個人、日本国内に主たる事業所を持たない法人 |
(2)J-Adviser 制度
平成20年の金商法の改正により、特定取引所金融商品市場にかかる自主規制業務のうち、投資家保護の根幹にかかわる事項以外のものを取り扱う業務として内閣府令で定めるもの(特定業務。第85条4項)について、金融商品取引所は、当該特定業務の適正な実施を確保するための措置を講じたうえで、自主規制法人以外の者へ委託することができることとされました(同条第4項、第5項)。
J-Adviser制度はこれにより可能となった制度であり、東証は一定の資格要件を満たし、資格を認証したJ-Adviserに対して特定業務(上場又は上場廃止に関する基準又は上場適格性要件に適合するかどうかの調査など)を委託することとされています。J-Adviserは担当する上場会社に対して、上場前の上場適格性の調査確認や上場後の適時開示の助言・指導、上場維持要件の適合状況の調査を実施します。
つまり、TOKYO PRO Marketでは、東京証券取引所ではなくJ-Adviserが上場審査を行うことになり、東京証券取引所は、J-Adviserが適切に上場審査を行ったかどうかを資料の閲覧やヒアリングにより確認します。
上場に際して、申請会社は担当のJ-Adviserとの間で契約を締結し、具体的な上場準備を進めることになります。J-Adviser契約締結から上場までには2年ほどの時間が必要となります。
大まかなスケジュールは以下のとおりです。
ステップ | 要する期間 | |
---|---|---|
1 | J-Adviser契約締結 | 約1.5年(1期間の監査が必要なため) |
2 | 上場審査 | 最低3ヶ月 |
3 | 上場意向表明~上場申請~上場承認~上場 | 約3ヶ月 |
J-Adviserは適宜、上場審査及び上場後の管理業につき申請会社に助言をしてくれるため、申請会社にとっては心強い存在といえます。
J-Adviser制度の詳細については、上場ガイドブックをご参照ください。
なお、上場審査の段階では、最低1社の流動性プロバイダーの選定も必要となります。流動性プロバイダーは、上場申請会社の株式の円滑な流通の確保に努める役割を担い、証券会社が担当します。
(3)上場基準
上場審査における形式的基準とは、上場申請をする場合に求められる定量的な要件のことをいいます。
例えば、株主数や流通株式数、流通株式時価総額、事業継続年数、純資産の額などが形式的基準に該当し、東証が開設する、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場ではそれぞれに形式的基準が設定されています。これらの市場では、まず形式的基準を満たすことを確認したうえで、企業の継続性及び収益性、企業経営の健全性、コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性などの実質的な基準を満たすか審査がなされます。
その一方で、TOKYO PRO Marketは、上場について形式的基準を設けておらず、実質基準のみで審査を行います。そのため、他の市場と比較すると、より柔軟な上場基準であるといえます。
例えば、グロース市場では、株主数は150人以上、流通株式比率は25%以上とされているところ、TOKYO PRO Marketではこれらの制限がなく、株主を無理に増やさずに、現在の株主構成のまま、つまり、オーナーシップを維持したままで上場することが可能になります。
TOKYO PRO Marketの上場基準の概要は下記の表のとおりです。詳細については、上場ガイドブックをご参照ください。
(上場基準の概要)
上場適格性要件 | 調査・確認の主なポイント(J-Adviser) | |
---|---|---|
(1) | 新規上場申請者が、東証の市場の評価を害さず、当取引所に相応しい会社であること | ・法律体系・会計体系・税制等を理解しているか ・予算統制(年次/半期/月次等)が整備されているか ・上場予定日から12ヶ月間の運転資金が十分であるか |
(2) | 新規上場申請者が、事業を公正かつ忠実に遂行していること | ・関連当事者取引や経営者が主体的に関与する取引の状況を把握し、牽制する仕組みを有しているか ・代表取締役社長及び役員の資質面に問題が無いか |
(3) | 新規上場申請者のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が、企業の規模や成熟度等に応じて整備され、適切に機能していること | ・社内規程が整備され、適切に運用されているか ・事業運営及び内部管理に必要な人員が確保されているか ・法令順守のための社内体制が整備され、適切に運用されているか |
(4) | 新規上場申請者が、企業内容、リスク情報等の開示を適切に行い、この特例に基づく開示義務を履行できる態勢を整備していること | ・上場後の開示体制が整備され、開示規則・開示義務に対して十分な理解があるか ・内部者取引及び情報伝達・取引推奨行為防止のための体制が整備されているか |
(5) | 反社会的勢力との関係を有しないことその他公益又は投資者保護の観点から当取引所が必要と認める事項 | ・反社会的勢力との関係を有していないか ・反社会的勢力排除のための社内体制が整備されているか ・設立以降からの株主の異動状況を把握しているか |
参照:https://www.jpx.co.jp/equities/products/tpm/listing/index.html
(4)上場のデメリットはあるか?
TOKYO PRO Marketにおいて上場申請をする際には、会社の財務情報を公開することになるため、このことをデメリットと捉える経営者もいるようです。
TOKYO PRO Marketの上場申請には、最低1期間(1年)の財務諸表(貸借対照表、損益計算書など)に対する監査意見が必要です。もっとも、上記1「TOKYO PRO Marketの概要」の表にも記載のとおり、他の市場では監査期間は2年間ですので、この点でもTOKYO PRO Marketでの上場は他の市場と比べると負担が少ないといえます。
なお、上場維持の関係では、TOKYO PRO Marketでは、決算日(決算期末日)から45日以内に決算短信を開示し、3ヶ月以内に発行者情報を開示する必要があります。これらの開示を、中間と年度末の年2回行います。
コストの観点をみてみると、TOKYO PRO Marketの上場にかかるコストは、上場するまでの準備と、上場してからの維持コストに分類できます。いずれも、業種や会社の規模によって異なりますが、上場までに2000万円~4000万円、上場後は毎年1500~2500万円程度の費用がかかると言われています。
もっとも、一般市場の場合にはさらに高額の費用が掛かることが多いと思われますので、コストの面からみても、TOKYO PRO Marketは他の市場と比べると負担が少ないといえます。
最後に、資金の流動性という観点からも分析してみます。
TOKYO PRO Marketでは、プロ投資家しか株式を売買することができないため、一般市場に比べると活発な取引は期待できず、流動性は低くなってしまいます。ただし、流動性は低くても、資金調達ができないわけではありません。
また、資金の流動性が低いとしても、上場により企業としての信用が上がり、経営面のメリットがあるほか、一般株式市場へ上場する足掛かりにもなります。
後記「3 TOKYO PRO Marketの現況」に記載のとおり、TOKYO PRO Marketで上場する企業が増加傾向にあることなどを踏まえると、将来的には流動性に関する懸念が解消されていく可能性もあります。
3 TOKYO PRO Marketの現況
(1)IPO件数
2022年には、過去最多の21社がTOKYO PRO Marketへ新規上場を果たしました。これは前年の13社から大幅に増加した数字です。また、2023年10月4日時点での上場会社数は80社となり、前年末から16社増えました。
このように、TOKYO PRO Marketの上場企業数は着実に増加しており、市場の活性化が進んでいます。
(2)上場会社の特徴
① 地域別割合
各地域から継続的に上場がなされており、特に東京以外の地域の会社が多いことがTOKYO PRO Marketの特徴といえます。2022年5月末時点での上場会社数を本社所在地別に見ると、東京25社、東京以外の地域50社となっており、東京以外の地域からの上場企業が約7割を占めています。ちなみに、同じ期間の国内証券市場(TOKYO PRO Marketを除く)の本社所在地別の上場企業数を見ると、71%が東京の会社です。
このように、TOKYO PRO Marketでは、東京に限らず全国の企業が上場を実現しているのです。
② 会社規模
また、TOKYO PRO Marketに上場する企業の特徴としては、比較的小規模な会社が多いという点もあげられます。
2012~2022年にTOKYO PRO Marketに上場した企業86社についてみると、約9割が株主数50名以下(55%の会社は株主数10名以下)の会社であり、過半数が従業員数100名以下(7%の会社は従業員数10名以下)の会社となります。
このように、上場基準が柔軟なTOKYO PRO Marketでは、小規模な会社でも上場を実現することができます。
他方で、上場会社の過半数が社歴15年以上での上場であり、設立後ある程度の期間が経過した後に上場する会社が多いといえます。
③ 上場の目的
TOKYO PRO Marketに上場する企業は、
- グロース市場、スタンダード市場といった一般市場への上場のために、まずTOKYO PRO Marketに上場する企業
- 知名度・信用力を高めたいけど、オーナーシップも維持したいという企業
に大別できます。
東京証券取引所のIPO経営者インタビューにおいても、上場の目的・効果の第1位は知名度・信用度の向上、第2位は人材の確保、第3位は社内管理体制の強化となっています。
参照:https://www.nihon-ma.co.jp/tokyopromarket/faq.html
4 最後に
本記事では、TOKYO PRO Marketの特徴と現況をご紹介いたしました。
TOKYO PRO Marketは、比較的上場もしやすく、近年注目を集めているため、上場する市場の有力な選択肢になるものと考えます。
本記事が上場を目指す市場選択の参考となれば幸いです。