利益相反取引の承認決議を欠く総数引受契約と募集株式発行の効力~大阪高判令和3年11月11日について~

募集株式発行に際して、発行会社の取締役が会社と総数引受契約を締結し、募集株式の総数を引き受ける場合があります。取締役が自社の株式を引き受ける場合には、利益相反取引となるため取締役会(取締役会非設置会社の場合は株主総会)による承認決議が必要となります。

本稿では、この取締役会決議が適法になされなかった場合に、募集株式発行が不存在となると判断した大阪高判令和3年11月11日金融・商事判例1665号37頁(以下、「本判決」といいます。)について紹介します。

1 本判決のポイント

本判決のポイントは、以下の2点です。

  1. 総数引受契約について、取締役会による利益相反取引の承認決議を欠く場合、当該総数引受契約は無効となる。
  2. 総数引受契約が無効となる場合、すべての募集株式が引受けのない株式として法律上存在しないものとなる結果、募集株式発行も不存在となる。

以下では本判決について詳しく解説します。

2 事案の概要

(1)本件株式譲渡契約の締結

Z(補助参加人)は、Y社(被告・被控訴人)の代表取締役である。平成27年2月4日、Zは、Y社との間で、Zの有するX社(原告・控訴人)の普通株式12万9805株を、同月23日をもって代金6億307万4030円(以下、これにかかる債権を「本件譲渡代金債権」という。)で売却し、Y社が別途実施する募集株式の発行に際し、Zが本件譲渡代金債権の全額を現物出資することなどを内容とする契約(以下、「本件株式譲渡契約」という。)を締結した(図1参照)。

(2)本件取締役会決議

Y社について、同月4日付けで取締役会(以下、「本件取締役会」という。)が開催され、

  1. Y社がZの保有するX社株式を取得すること
  2. Y社が新たに総数引受契約方式(以下、「本件総数引受契約」という。)によりZを割当人とした募集株式を発行すること(以下、「本件募集株式発行」という。)
  3. 募集株式の払込金額のうち2億7241万5970円を現金により、6億307万4030円を本件譲渡代金債権の現物出資により払い込むこと(図2参照)

などを決議したとの取締役会議事録がある。

しかし、会社法及びY社の定款所定の取締役の最低員数は3名であるところ、本件取締役会当時、Y社の取締役はZを含め2名しかおらず、Zは特別の利害関係を有する取締役に当たり議決に加わることができないから、本件取締役会決議について、定足数(過半数。会社法第369条第1項)を満たしておらず、過半数の賛成も得られていなかった。

(3)新株発行不存在確認訴訟の提起

同月23日、Zは、本件募集株式発行にかかる払込みを行い、同月26日、Y社の発行済株式総数の変更登記がされた。同年9月11日頃、Y社は、X社に対し、上記株式譲渡の承認を請求したところ、X社は、本件株式譲渡契約は、Y社の取締役会の承認決議を欠き無効であるため、譲渡承認請求も無効である旨通知した(図3参照)。

その後、Y社の株主であるX社は、令和元年7月19日、本件募集株式発行について、不存在の確認を求めて訴えを提起した。原審(大阪地判令和3年2月1日金融・商事判例1665号41頁)が、請求を棄却した(注1)のに対し、X社が控訴したのが本件である。

(注1)なお、X社は予備的に本件募集株式の無効を主張していましたが、却下されています。詳細については、本稿では割愛します。

3 判旨

本判決の判旨のうち、ポイントとなる部分を抜粋して説明します。

(1)本件総数引受契約の有効性について

本件総数引受契約は、Y社の取締役であるZがY社を代表して自己と取引を行うものであるから、自己取引(会社法第356条第1項第2号)に該当し、Y社は取締役会設置会社であるから、取締役会の承認を受けなければならない(会社法第365条第1項、第356条第1項)。」

取締役が自己又は第三者のために会社と取引をする場合、取締役会(取締役会非設置会社の場合は株主総会)の承認が必要となります(「利益相反取引」や「自己取引」とよばれます。会社法第356条第1項第2号、第365条第1項)。この趣旨は、取締役としての影響力を利用して、会社に不利な条件で取引を行うことを防止する点にあります。

引受人が取締役を務める会社と総数引受契約を締結する場合、利益相反取引に該当し、取締役会の承認が必要となります。本事案においても、ZとY社間の本件総数引受契約について、Y社の本件取締役会が承認決議をしています。

本件総数引受契約は、Y社の取締役であるZがY社を代表して自己と取引を行うものであるから、自己取引(会社法第356条第1項第2号)に該当し、Y社は取締役会設置会社であるから、取締役会の承認を受けなければならない(会社法第365条第1項、第356条第1項)。「会社法第331条第5項及びY社の定款所定の取締役の最低員数は3名であるところ、本件取締役会当時、Y社の取締役は…2名しかおらず、Zは特別の利害関係を有する取締役に当たり、議決に加わることができないから…本件取締役会決議は取締役の過半数である2名の定足数を満たしていないし、…定足数2名の過半数の決議があったともいえない。したがって、本件取締役会決議は、取締役会の定足数を満たさず、その過半数の決議があったともいえないことになるから、本件総数引受契約は、取締役会の承認を受けたということはできず、無効である。」

取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その過半数をもって行います(会社法第369条第1項)。特別の利害関係を有する取締役は、議決に加わることはできません(同法第2項)。取締役会決議の手続に法令違反がある場合、その決議は原則、無効となります(注2)。

本件取締役会では、議決に加わることのできないZを除いた、最低2名の取締役が出席し、過半数である2名の決議が必要だったところ、これを満たしておらず、決議は無効と判断されました。さらに、本件取締役会決議により承認を受けていた、本件総数引受契約についても無効であると判断されました。

「Zは、本件総数引受契約が自己取引に該当し無効であるとしても、取引の安全を考慮する必要性が高いため、絶対的無効ではなく、相対的無効を前提とすべきである旨主張する。しかしながら、…本件総数引受契約については、ZとY社以外の第三者は存在しない…、本件募集株式全部について株券不所持申出がなされており、取引の安全を考慮する必要はない。

原審は、募集株式の発行は、広範囲の利害関係人の法律関係に影響を及ぼす可能性のある組織行為であり、取引安全の要請が高いことを重視し、本件総数引受契約は、Y社との関係でのみ無効である(=相対的無効)と判断しました。

本判決は、①本件総数引受契約については、ZとY社以外の第三者は存在しない点及び、②本件募集株式全部について株券不所持申出がなされている点から、取引安全の考慮は不要であるとし、本件総数引受契約が絶対的に無効であると判断しています。

本件総数引受契約締結時に第三者が介入していない(①)だけでなく、本件募集株式の全部がZの手元にとどまっており、第三者に譲渡されていない(②)ことから、取引安全の考慮の必要はないと判断したものと考えられます。

(注2)最判昭和44年12月2日民集23巻12号2396頁は、取締役の一部の者に対し招集通知を欠く場合で、「その取締役が出席してもなお決議の結果に影響がないと認めるべき特段の事情があるときは、右の瑕疵は決議の効力に影響がないものとして、決議は有効になると解するのが相当である。」と判示しています。

(2)引受けを欠く本件株式発行の有効性について

会社法においては、旧商法下とは異なり、新株発行による変更の登記がある場合であっても、出資の履行をせず、募集株式の株主となる権利を失った引受人に代わり、出資の履行をする責任を負う者について制度的な手当はされていないから、当該募集株式は存在しないものと解するほかはない。したがって、引受けのない募集株式についても、引受人が出資の履行をしなかった募集株式と同様、他にこれを引き受け、出資の履行をする責任を負う者は制度的に存在しないのであるから、当該募集株式は存在しないものと解するのが相当である。

会社法施行前の旧商法においては、新株の引受人が払込期日までに出資の履行をしない場合、その権利を失う(旧商法第280条の9第2項)としつつ、新株発行による変更の登記があるにもかかわらず、引受けのない株式があるときは、取締役が共同して引き受けたものとみなされるとの規定があり(旧商法第280条の13第1項)、出資の履行及び引受けのない株式についても存在することが前提となっていました。

ところが、現行の会社法においては、出資の履行をしないときは、募集株式の株主となる権利を失う(会社法第208条第5項)とし、旧商法第280条の9第2項と同様の規定が設けられましたが、旧商法第280条の13第1項に相当する規定は設けられていません。

本判決は、旧商法下とは異なり、現行の会社法の下では、引受けのない募集株式について存在していると解釈する余地はないものとして、本件募集株式発行が不存在であるとの判断をしました。

なお、Y社は、本判決後に上告しましたが、最高裁は上告棄却の決定をしています(最決令和4年12月7日判例集未登載)。

4 まとめ

これまで、新株発行の不存在事由については、取引安全の要請を重視し、新株発行の手続が全くされずに新株発行の登記がされているような場合や、およそ代表権限のないものが新株発行の手続をした場合等、会社による増資としての実体がない場合に限定されているとの見解が通説的でした。

本判決は、引受行為や出資の外形が存在していたものの、利益相反行為に当たる本件総数引受契約についての取締役会決議がないことを重視して、新株発行の不存在を認めたものであり、会社法下において新株発行の不存在が認められる範囲が広がったことを前提とするものです。

会社の取締役が募集株式発行の引受人となる場合については、取締役会の承認決議に法令違反がないように慎重に手続を進める必要があります。募集株式発行が不存在であると判断されるリスクを避けるため、手続きに不安があれば弁護士に相談することをおすすめします。

執筆者
アソシエイト/弁護士
中村 孝宏

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