取締役などの既存株主から自己株式を取得する手続の留意点
S&W国際法律事務所所属の弁護士の福本です。
中小企業やベンチャー企業のお客様から、会社の取締役などの既存株主から自己株式(自社の株式)の取得について検討しているというご相談を受けることが、少なくありません。
このような場合の対処方法として、会社が自己株式を取得するという方法が考えられます。
しかし、その手続は簡単に行えるものではなく、会社法上に遵守すべき規定が厳格に置かれています。
※「自己株式の取得」とは、一般に、会社が自ら発行した株式を株主から取得することをいいます。この記事でも同様の意味でこの用語を用います。
目次
1 自己株式の取得を検討すべき場面
会社の取締役などの既存株主から自己株式(自社の株式)を取得する場合には、自己株式の取得という会社法上の手続を検討すべき場面があります。 例えば、以下のようなシチュエーションが発生することがあります。
取締役のAさんが辞めることになったので、Aさんの持っている株式を買い取りたい。
株主のBさんが株主の地位を抜けたいと言ってきて、Bさんから株式を買い取るように言われている。
このような場合に、経営者自身が買取のための資金を十分に用意できればよいですが、現実には難しいことも多いです。
そこで、会社が保有する現金で買い取れそうな場合は、自社の株式の買取り、いわゆる「自己株式の取得」という会社法上の手続の検討をすることとなります。
なお、自己株式の取得は、譲渡価格(株価)については合意できていることが前提です。譲渡価格が合意できていない場合はスクイーズアウトといった手法を検討することになります。また、譲渡価格が合意できない事態に陥らないよう、創業株主間契約などで株価を予め合意しておくといった対策がオススメです。
本稿では、この「自己株式の取得」のうち、前述したシチュエーションへの対応にふさわしい「特定の株主との合意による自己株式の取得」という会社法上の手続とその留意点について解説します。
※以下、本稿では、「特定の株主との合意による自己株式の取得」を、単に「自己株式の取得」ということがあります。
2 自己株式の取得の手続
自己株式の取得の手続は、会社法第156条から第160条を中心として、会社法上に遵守すべき規制があります。
自己株式の取得の手続について会社法に厳格な規制が置かれている理由は、自己株式の取得の対価として会社財産から金銭等が交付されるため、①会社債権者の利益を害する、②特定の株主が不当に優遇される、③支配権強化の手段として利用される、といった弊害を防ぐためです。
法律上の手続であることから、条文を慎重に確認の上、手続に漏れがないように行う必要があります。
自己株式の取得の手続を説明すると、以下のとおりです。
1 株主総会招集に関する手続・売主追加請求に関する手続 (会社法第298条、第299条・会社法第160条第1項から第3項、会社法施行規則第28条) |
↓
2 取得事項についての株主総会の特別決議 (会社法第156条第1項、第160条第1項、第309条第2項第2号、第160条第4項) |
↓
3 取得事項についての会社による決定 (会社法第157条、第461条第1項第3号) |
↓
4 取得事項の通知・株主からの譲渡しの申込み (会社法第158条、第160条第5項・会社法第159条第1項) |
↓
5 自己株式の取得の完了 (取得事項において定めた株式の譲渡しの申込期日に、株式の譲受けの承諾をしたものとみなされる。) (会社法第159条第2項) |
↓
6 株主名簿の書換え (会社法第132条第1項第2号) |
3 自己株式の取得手続において留意すべきこと
自己株式の取得手続においては、①財源規制との関係で、そもそも自己株式の取得が可能か、②他の株主から売主追加請求権を行使されるおそれはないか、という2点の留意事項があります。
① 財源規制との関係で、そもそも自己株式の取得が可能か
(1) 留意点
自己株式の取得において、会社が自己株式の取得の対価として株主に交付する金額は、自己株式の取得の日における分配可能額を超えてはならないという規制があります(会社法第461条第1項第3号。財源規制などと言われます。)。
会社に分配可能額がない場合、そのままでは自己株式の取得ができないため、後述のように、減資などの方法で分配可能額を生じさせることができないかを検討する必要があります。
分配可能額の計算方法は、会社法第461条第2項に規定がありますが、大まかに説明すると、剰余金の額(会社法第446条)を基礎に、一定の調整をして算出します。
具体的には、
① 最終の決算期後その日(当該取得がその効力を生ずる日)までの剰余金の減少額を控除し、
② 最終の決算期後その日までに生じた債権者異議手続きを経た剰余金の増加額を加算した額
ということを原則とし、
③ 最終の決算期後その日までに臨時計算書類による決算を行った場合には、その期間の期間損益をも反映させた額
です。
詳細な算出は、会計又は法律の専門家にご相談いただいた方が安全です。
財源規制に違反する自己株式取得は、無効と考えられています(反対説があります)。さらに、その業務を行った取締役等は民事上の責任を負う(会社法第462条第1項第2号)とともに、刑事罰の対象となり得ます(会社法第963条第5項第1号)。
そのため、まず、財源規制との関係で、会社が自己株式の取得をすることができるか否かを検討する必要があります。
(2) 対策
分配可能額がないような場合にも、自己株式の取得を行いたいとすれば、減資(資本金の額の減少)をして、減少した額だけ剰余金の額を増加させる方法があります。
減資の手続は、株主総会の特別決議(会社法第447条第1項、第309条第2項第9号)や、債権者異議手続(会社法第449条第1項)が必要となるなど、複雑であり、法律の専門家にご相談ください。
② 他の株主から売主追加請求権を行使されるおそれはないか
(1) 留意点
特定の株主との合意による自己株式の取得の場合、会社は、定款に特別の記載がない限り、他の株主に対して、当該他の株主自身の株式も、取得の対象に追加することを請求できる権利(売主追加請求権といいます。)があることを、通知しなければなりません(会社法第160条第2項)。
そして、他の株主が法定の期間内に売主追加請求権を行使すれば、会社はこれに応じなければなりません(会社法第160条第3項)。
売主追加請求権を行使されると、特定の株主“のみ”から自己株式を取得することはできなくなります。
また、売主追加請求権を行使した株主を含め、株主が会社に対し取得の申込みをした株式の総数が、会社が株主総会で決定した取得株式数を超えるときには、会社が当初予定していた株主から、当初予定していた株式数を取得することも、できなくなります(会社法第159条第2項)。
(2) 対策
このような事態を防ぐために、定款において、特定の株主から自己株式を取得する際に、他の株主が売主追加請求権を行使することができないことを定めることができます(会社法第164条第1項)。
ただし、株式の発行後に定款にそのような定めを置くためには、株主全員の同意が必要となります(会社法第164条第2項)。
4 本稿のまとめ
会社の取締役などの株主から会社自身が株式を取得したいという場面は、会社経営上よく起こります。このような場面の手続として、特定の株主との合意による自己株式の取得という会社法上の手続があります。
この自己株式の取得の手続を進めるためには、会社法の手続規制及び財源規制をクリアする必要があります。
また、自己株式取得をスムーズに進めるための対策として、減資手続の実行や、売主追加請求権の排除を会社の定款に規定することなどがあります。予め株主間契約を締結することも株価の争いを避けるための予防策として大変有効です。
自己株式の取得手続に不安がある場合や、適切な対策を講じたいとお考えの場合には、会社法の専門家にご相談ください。