IPOのメリット、デメリットは?~会社と株主それぞれの観点から弁護士が解説~
経営上の一つの目標になることも多いIPO(株式上場)ですが、会社や株主にとって、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。
本稿では、IPO(株式上場)のメリットとデメリットを、会社・株主のそれぞれの視点から解説します。
1 IPOとは?「株式上場」との違いは?
IPO(Initial Public Offering)とは、企業が自社の株式を証券取引所(株式市場)に上場し、一般投資家が売買できるようにすることをいいます。日本語では「(新規)株式公開」「(新規)株式上場」等と表現されることが多いようです。
IPOの種類として、新たに株券を発行して株式市場から資金を調達する「公募増資」や、以前から、自社の株主が保有していた株式を株式市場に放出する「売出し」があります。
2 IPOのメリット
IPOによるメリットを、会社及び株主の視点からまとめると、以下のとおりとなります。
(1)【会社の視点から見たIPOのメリット】
① 株式市場で資金調達が可能になる
証券取引所を通じて株式等を発行し、一般投資家に広く購入してもらうことにより資金調達できるようになります。
株式、債券の発行を通じた上場会社による資金調達額の一覧は、日本取引所グループウェブサイト内の「その他統計資料」において公表されています。
② 会社の知名度・社会的信用度の向上が図れる
上場企業の一つに仲間入りすることにより、会社の知名度と社会的な信用力の向上を図ることができます。知名度と信用力の向上により、たとえば以下のようなメリットを享受することができます。
- 潜在的な顧客との関係において知名度・信用度が向上するため、新規顧客の獲得につながります。
- 金融機関との関係においても知名度・信用度が向上するため、金融機関からの資金調達という文脈においても、資金調達力が向上します。
- 求職者との関係においても知名度・信用度が向上するため、優秀な人材の採用確保にもつながります。
③ 会社のガバナンスの強化につながる
IPOを達成するためには証券取引所の審査(上場審査)を通過する必要があります。
そして、その審査項目の中には、たとえば、「コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が適切に整備され、機能していること。」といった、パブリックカンパニーとして必要な社内の管理体制の整備に関わる項目もあります(有価証券上場規程第207条第3号、第213条第3号、第219条第3号)。
上場審査に向けた準備を通じて、社内の管理体制を強化・充実させることができるといえるでしょう。
(2)【株主の視点から見たIPOのメリット】
① キャピタルゲインが得られる
既存の株主は、IPOの際に、保有する株式の全部または一部の「売出し」を行うことにより、キャピタルゲインを得ることができます。
② 保有する株式の流通性が向上する(売却しやすくなる)
未上場の株式は、客観的な価値の算定が困難であったり、株式譲渡のために会社の承認を得る必要があったりして、自由に売却しづらい場合が多いといえるでしょう。他方、上場後は証券取引所を通じて、基本的にいつでも株式を売却することができます(但し、インサイダー規制等には注意する必要があります。)。
3 IPOのデメリット
IPOによるデメリットを、会社及び株主の視点からまとめると、以下のとおりとなります。
(1)【会社の視点から見たIPOのデメリット】
会社の視点から見たIPOの最も大きなデメリットを一言でまとめると、「コストの発生」です。
具体的には以下のようなコストが発生します。
① 上場審査を受けて、通過するためのコストが発生する
上場審査を受けるにあたり上場審査料を、IPOの実施にあたり新規上場料を、以下のとおり支払う必要があります(有価証券上場規程第701条、第702条、第707条)。
市場 | 上場審査料 | 新規上場料 |
---|---|---|
スタンダード市場 | 300万円 | 800万円 |
プライム市場 | 300万円 | 1500万円 |
グロース市場 | 200万円 | 100万円 |
※ 内国法人が普通株式1銘柄を新規に上場申請する場合の原則的な上場審査料・新規上場料審査料です。例外もございますので詳しくは施行規則をご参照ください。
一般的には、上場準備開始からIPOまでに2~3年程度の年数を要するとされています。この間に、上場審査に向けて、必要に応じて会社組織を変更し(※1)、内部管理体制の強化を行う等の準備を行う必要があり、その過程では多額のコスト(手間・費用・時間)が発生します。
なお、上場審査の形式要件に、「上場会社監査事務所による監査」「株式事務代行機関の設置」が含まれるため(有価証券上場規程第205条第7号・第8号、第211条第6号、第217条第6号・第7号)、上場準備の一環として、株式事務代行機関(株主名簿管理人)を設置するとともに、一定の監査事務所の会計監査を受ける必要があり、それぞれ手数料・監査費用がかかります。
② 上場を維持するためのコストが発生する
もっとも大きい費用は監査法人の監査費用であり、2018年度における上場企業3,697社の監査報酬額の平均値は約6000万円(中央値は約3200万円)というデータが公表されています(※2)。
証券取引所に支払う年間上場料(有価証券上場規程第701条)や、監査事務所に支払う監査費用、株式事務代行機関(株主名簿管理人)である信託銀行に支払う手数料等、上場を維持するためにも様々なコストがかかります。
年間上場料は、TD netの利用料12万円に加えて、48万円~450万円(上場時価総額と、市場の種類に応じて決まります。)とされています(有価証券上場規程施行規則第709条)。
③ 株主の増大に伴うコストが発生する
不特定多数の株主を抱えることになるので、株主総会の運営コスト等が大幅に上昇します。
④ 開示規制やコーポレートガバナンス・コードに対応するためのコストが発生する
金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)や証券取引所のルールにしたがって、市場に対して適切な投資判断材料を提供する必要があります。
具体的には、金商法上の法定開示制度に基づき、有価証券報告書、四半期報告書等の提出が求められます(金商法第24条第1項第1号、金商法24条の4の7)。また、証券取引所における適時開示制度に基づき、有価証券の投資判断に重要な影響を与える会社の業務、運営又は業績等に関する情報を適時に市場に開示する必要があります(有価証券上場規程第402条以下参照)。適時開示の対象となる情報の詳細については、こちらの日本証券取引所グループのウェブサイト(「適時開示が求められる会社情報」)をご参照ください。
加えて、東京証券取引所は、上場企業がコーポレート・ガバナンスを実現するための指針として「コーポレートガバナンス・コード」を定めており、上場企業に対して、コードの原則のうち、実施しないものについてその理由を説明するように求めています(プライム市場・スタンダード市場の上場会社の場合は全原則、グロース市場の上場会社の場合は基本原則のみ。)。コードの原則には、たとえば、独立社外取締役の選任(プライム市場上場会社については少なくとも3分の1以上、その他の市場については少なくとも2名を選任。原則4-8)や、内部通報に係る適切な体制の整備(原則2-5)等が含まれ、これらの実施にも、人的・金銭的コストが発生します。
「コスト」とは異なる視点として、以下のような点も会社の視点から見たIPOのデメリットとして考えられます。
⑤ 第三者から買収をしかけられるリスクにさらされる
IPOにより、不特定多数の投資家が株式を購入できるようになるため、理論上は、常に敵対的買収のリスクにさらされるといえます。敵対的買収までには至らずとも、想定外の株主が登場し、対策に頭を悩ませる可能性もあります。
⑥ 企業の社会的責任が増大する
IPO後は、パブリックカンパニーとして、法令を遵守し、公正かつ健全な経営を行うことを、株主、証券取引所、一般消費者等の多数の利害関係者から求められます。
たとえば、証券取引所からは、有価証券上場規程第432条から452条に定める「企業行動規範」に従い、独立役員を確保する義務や、買収防衛策の導入、第三者割当、MSCBの発行等様々な場面で、証券取引所が設定したルールを遵守する義務等が生じます。企業行動規範は、こちらの日本証券取引所グループのウェブサイトでも簡潔にまとめられています。
(2)【株主の視点から見たIPOのデメリット】
① 会社の意思決定に対する影響力が弱まる
IPOにより、一般の投資家から広く資金調達を行うため、相対的に株式の保有率が下がり、会社の意思決定(たとえば取締役の選任等、株主総会における決定)に対する影響力が弱まる可能性があります。
② 一般株主と同じ取扱いになる
上場前に一般株主と比べて特に有利な取扱いを受けていた株主は、そのような有利な取扱いが受けられなくなる可能性が高いです。すなわち、上場前は、大口の投資家に対して、配当等の面で普通株式よりも有利な優先株を発行したり、投資契約において、特定の投資家を有利に取扱う色々な条件をつけることがあります。
しかし、通常、上場前に優先株は普通株式に転換され、投資契約の効力も失われるため、上記のような有利な取扱いを受けることはもはやできなくなります。上場後は、一般投資家と同じ普通株式の保有者として一般株主と同じ扱いを受けることになります。
4 まとめ
以上のとおり、IPOには魅力的なメリットがみられる一方、無視できないデメリットも存在します。
会社の事業内容や、現況を考慮しつつ、IPOを目指すのかどうかや、目指すタイミングを含めて、自社にとって最適な選択を検討しましょう。
(※1)有価証券上場規程により、上場会社は、①取締役会、②監査役会、監査等委員会又は指名委員会等、③会計監査人を設置する必要があります(有価証券上場規程第437条)。
(※2)監査人・監査報酬問題研究会「2020 年版 上場企業 監査人・監査報酬 実態調査報告書」(2020年3月31日)参照。