日中間におけるクロスボーダー契約での裁判管轄の定め方
売買基本契約書を初めとして、各種の契約書において「紛争解決条項」といったタイトルで、管轄裁判所を定めることが一般的に行われています。日本国内企業同士のドメスティックな契約書であれば、例えば、東京に本社がある会社と、大阪に本社がある会社との場合であれば、訴訟となった場合の裁判所が東京地方裁判所なのか、それとも大阪地方裁判所なのか、という点に関して交渉が行われることがあります。
このような交渉に関しては、訴訟追行に関するコスト(代理人弁護士や訴訟期日に出席・傍聴する担当者の日当・交通費)等について、主に検討することになります。
他方、例えば、日本国内にある会社と中国に本社がある会社とのクロスボーダー取引に関する契約書における紛争解決条項の場合には、移動距離の増大に伴って上記のコスト面が増加することから、コスト面の検討が重要であることは言うまでもありませんが、それにとどまらず、強制執行の観点(確定判決に基づき、実際に、強制執行をすることができるのか)についても検討することも必要です。
具体的に、日中間の取引に関していうと、中国国外の裁判所の判決を中国内で強制執行できるかという点について、中国民事訴訟法282条では、相互主義(例えば、中国国内での判決について、自国内での強制執行を許容するという国家との関係では、当該国家の判決について、中国国内での強制執行を許容するという考え方)を規定していますが、日中間では、相互主義を保障するような条約等は存在しません。また、実際に、日本の裁判所の判決を中国国内で強制執行することを認めないという判断をした中国の裁判例が存在しますし、最高人民法院(日本の最高裁判所に相当)も、これを否定する見解を公表しています。したがって、日本の裁判所の確定判決を中国国内で強制執行することはできないと考えるべきです。
また、日本の民事訴訟法も相互主義を採用しており(民事訴訟法118条4号)、かつ、中国の裁判所の判決について、日本国内での強制執行を認めないという判断をした裁判例も存在しますので、日本において、中国の裁判所の判決を強制執行することもできないと考えるべきです。
そうすると、契約書の紛争解決条項で、管轄裁判所を検討するに際しては、自社がセールスサイドであるなど強制執行する立場になる可能性が相対的に高いのかといった点や、強制執行の対象となり得る資産の有無及び存在する場所等も考慮することが必要になると考えるべきでしょう。
なお、日本企業においては、中国の裁判所を紛争解決機関として選択することについて、裁判官の公平性・中立性についての不信感から拒否反応を示される場合もありますが、知的財産権を専門的に取り扱う裁判所が設立されるなど、中国の裁判官の質や信頼性は徐々に改善されているといえます。もっとも、地域によっては、相応の注意が必要な場合もありえますので、予想される訴額や、紛争地域、契約内容等を総合的に考慮して紛争解決機関を選択することも必要です。
今回は、日中間の取引における紛争解決条項として、日中どちらの裁判所を選択すべきか検討する際に考慮すべき点について言及しましたが、裁判所ではなく仲裁機関を選択する場合に考慮すべき点についても別稿にてご紹介したいと思います。
(文責:藤井宣行)