国際法務の部屋

米国におけるパテントトロールについて

2017.10.20

1 パテントトロールとは?

パテントトロールについて確立された定義はありませんが、「発明を実施しておらず、実施する意図もなく、たいていの場合実施することがない特許から、多額の金銭を得ようとする者」と定義されることが多いです(米国Intel社の当時の顧問弁護士がこのように定義したといわれています)。

なお、「トロール」の語源は、北欧の地下やほら穴に住む超自然的な非実在の怪物です。

米国におけるパテントトロールの具体的な特徴としては、

  1. 倒産した会社や、個人発明家、自前では特許保護をする資金のない小規模会社などから特許を購入する
  2. 当該特許に基づいて、自ら何かを製造するのではなく、既に市場に出回っていて、当該特許を侵害しそうな商品を製造している会社をターゲットにして、高額なライセンスフィーや和解金を要求する
  3. 当該特許に基づいて何も製造していないことから、ターゲット会社から反訴(パテントトロールの製品がターゲット会社の特許を侵害しているとして)を提起されるリスクも低い

という点が挙げられます。

2 パテントトロールからターゲットにされた場合の対応の選択肢

それでは、パテントトロールから狙われたターゲット会社の対応としては、どのような選択肢があるのでしょうか。

まず、パテントトロールから侵害を主張されている特許を用いずに済む製品を開発するということも考えられますが、研究開発にかかるコストや時間を考えるとあまり現実的な選択肢とは言えないかもしれません。

次に、訴訟コスト(費用、時間)や、訴訟で負けた場合に製品製造の差止命令が出されることを回避するために、交渉段階での和解により解決を図るという選択肢も考えられます。

通常の特許侵害事件の和解交渉の場合、お互いの特許をクロスライセンスするという和解も考えられますが、パテントトロールとの和解の場合は、そうはいきません。

前述のとおり、パテントトロールは、何ら自前で製品を製造していないことから、クロスライセンスには全く価値を見いださないことが常なのです。

ですから、交渉による和解の道を選択した場合、パテントトロールは、ターゲット会社の訴訟コストや製品製造差止命令への懸念につけ込んで、高額のライセンスフィーや和解金を要求してくる可能性が高いと言えます。

そこで、和解交渉を拒否して訴訟に応じるという選択肢も考えられます。

しかし、訴訟という選択をするにあたっては、米国での特許訴訟にかかる費用は高額になることに加えて、仮に敗訴した場合には、製品製造の差止が認められるおそれがあること、故意による特許侵害が認められた場合には損害賠償が最大三倍に膨れ上がる可能性があることについて留意する必要があります。

パテントトロールは、故意侵害が認められるための証拠を残すために、訴訟提起前から戦略的に特許侵害の警告書をターゲット会社に送付する場合もあるようです。

なお、特許侵害訴訟においてパテントトロール側を代理する弁護士は、タイムチャージ制ではなく、成功報酬制で事件を受任することが多いと言われています。

3 パテントトロールに関する米国の裁判例

アメリカにおいて、パテントトロールが話題になったケースとしては、NTP v. Research In Motionという事件があります(通称ブラックベリー事件)。

この訴訟では、NTP社(ワイヤレスEメールに関する特許を保有)が、携帯端末のブラックベリーを製造するRIM社の電子メールのシステムが、同社の特許権を侵害していると主張しました。

連邦地裁では、NPT社は、RIM社が同社の特許権を故意に侵害しているという立証に成功し、陪審員は2300万ドルの賠償金を評決しました。その後、連邦地裁の裁判官は、賠償額を5370万ドルに引き上げるとともに、RIM社に対してブラックベリーの製造、輸入、使用、販売を差止める命令を出しました。この判断を受けて、RIM社は和解による解決の道を選択し、NTP社から当該特許を買い取るとともに、6億1250万ドルの和解金を支払うことに合意しました。

なお、NTP社を代理した弁護士は、成功報酬として約2億ドルを受け取ったとも言われています。このブラックベリー事件では、RIM社は訴訟に応じたものの、裁判所による差止命令によりブラックベリー端末を製造できなくなることをおそれて、やむを得ず高額の和解金を支払ったことから、上述の3番目の対応に該当する事案といえるでしょう。

次に、特許権侵害に関する差止命令の基準に関して、パテントトロールに対する逆風となる判断をしたアメリカの連邦最高裁判決として、eBay Inc. V. MercExchange L.L.C.事件(通称イーベイ事件)が重要です。

この事件では、オンライン販売を促進するビジネス手法に関する特許を保有しているMercExchange社が、米オンラインオークション大手eBbay社の固定価格による即売機能が同特許を侵害しているとして、訴訟を提起しました。連邦地裁は、MercExchange社の特許をeBay社が侵害しているとしたものの、差止命令は発令せず、3500万ドルの損害賠償のみを認めました。

その後、控訴審は、特許侵害が認められた場合は原則として自動的に差止命令を発令しなければならず、差止が否定されるのは発明にとっての重要な公益が阻害される場合に限ると判示し、本件は差止命令が否定されるような例外的な場合ではないとしました。

これに対して、連邦最高裁(2006年5月15日)は、特許紛争における差止に関しても、伝統的な衡平法に関する原則と同じく、

  1. 差止命令が出されなければ原告が回復不能の損害を被ったこと
  2. 制定法による救済措置だけではその損害に対する補償として不十分であること
  3. 差止めがなされた場合の原告・被告双方の困難の程度の均衡
  4. 差止により公益が損なわれないこと

を考慮要素とすると判示しました。

この連邦最高裁判決により、パテントトロールは、特許訴訟における優位性を相当程度失ったと言われています。というのも、パテントトロールは保有特許を用いて製品等を製造しているわけではないので、その特許を侵害されている場合であっても金銭賠償を受ければ十分であり、上記2. の要素(制定法による救済措置だけではその損害に対する補償として不十分であること)を充たすことが困難となるからです。

このイーベイ事件により、パテントトロールは特許訴訟において差止命令を得て有利に交渉を進めるということが難しくなりました。

他方で、巨額の金銭的損害賠償が認められる可能性はいまだ残されていることから、この判決によりパテントトロールが特許侵害訴訟を提起するインセンティブを失ったとまではいえないでしょう。

4 特許侵害訴訟における対応策

では、パテントトロールから特許侵害訴訟を提起された場合に、ターゲット会社として、なにか打つ手はないのでしょうか。

まず、パテントトロールに有利な判決を下す可能性のある法廷地(たとえば、テキサス州の東地区連邦地方裁判所での特許訴訟は原告の勝訴率が全米の平均値よりも相当高いといわれています)での訴訟を回避するということが考えられます。

次に、米国特許商標局(United States Patent and Trademark Office)にパテントトロールが保有する特許の有効性について再審査を請求するとともに、訴訟中断の申し立てをする(訴訟の中断が認められれば、パテントトロールは訴訟における優位な立場を利用した和解交渉ができなくなる)という方策も考えられます。

また、パテントトロール側に、訴訟の早期の段階で証拠開示を求めることで、パテントトロールの主張を絞り込み、別件での和解条件や金額の情報を得ることで、訴訟や和解交渉を有利に進めるという方策も考えられます。

(参照文献)

*Lessons from Europe on How to Tame U.S. Patent Trolls (Cornell International Law Journal、 Volume 42)

**Strategies for combating patent trolls (Journal of Intellectual Property Law、 Volume 17)

執筆者
S&W国際法律事務所

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