海外公務員贈賄と司法取引について
海外の公務員に、日本企業の担当者が贈賄を行った場合、当該国における贈賄罪等により処罰されるのはもとより、日本の不正競争防止法によっても処罰の対象となります。
日本の不正競争防止法18条1項は、「何人も、外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、その職務に関する行為をさせ若しくはさせないこと、又はその地位を利用して他の外国公務員等にその職務に関する行為をさせ若しくはさせないようにあっせんをさせることを目的として、金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。」と規定しており、法18条1項に違反した者は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金に処せられ、又はこれが併科されます(法21条2項7号)。また、法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、法18条1項に違反した場合は、法人に対しても3億円以下の罰金刑が科されます(法22条1項3号)。
このように、日本企業の担当者等が、海外の公務員等に対して贈賄を行った場合は、当該担当者に加えて、法人も処罰の対象となります(個人及び法人の両方が処罰されることから、「両罰規定」と表現されることもあります)。
この両罰規定が初めて適用されたのは、ベトナム公務員に対する不正利益供与事案(東京地裁平成21年1月29日判例時報2046号159頁)でした。この事案では、東京都内に本店を置く日本法人の従業員等であった4名が、ベトナムホーチミン市における幹線道路建設事業に関するコンサルタント業務を受注した謝礼等の趣旨で、同事業担当幹部に対して2度にわたり、それぞれ約60万米ドル、約20万米ドルの利益を供与した行為が不正競争防止法違反にあたるとして、従業員等4名に、それぞれ懲役2年6月、懲役2年、懲役1年6月、懲役1年8月(それぞれ執行猶予3年)、日本法人に罰金 7、000万円が科されました。
このように、法人に対しても両罰規定による罰金刑が科せられることから、担当者が海外公務員等に贈賄を行った情報が内部通報等でもたらされた場合の法人の対応としては、弁護士等の第三者に依頼して調査を行い、担当者による海外公務員の贈賄の事実が確認された場合は、検察庁に情報を提供して日本版司法取引の適用を検討することが考えられます。但し、法人が、この制度を実際に活用するかどうかについては、他のより良い方法がないか、将来におけるデメリットの影響、十分に証拠が収集されているか等を、慎重に総合的に考慮した方がよいでしょう。
ここで、日本版司法取引制度とは、正式には「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意制度」といわれ、2018年6月1日より施行されている、検察官と被疑者・被告人およびその弁護人が協議し、被疑者・被告人が「他人」の刑事事件の捜査・公判に協力するのと引換えに、自分の事件を不起訴または軽い求刑にしてもらうことなどを合意するという制度です。
実際に、この日本版司法取引制度が用いられた初めての事案は、タイの発電所事業を巡る現地公務員への贈賄事件であり、タイの現地公務員への贈賄を了承した元幹部3人を不正競争防止法違反(海外公務員への贈賄)の罪で在宅起訴し、法人は不起訴とされたと報道されています。
ただ、不正贈賄事例で重要なことは、法人の処罰を免れることではなく、当該法人として、再発防止のための対策(組織体制の整備、社内における教育活動の実施、監査体制の強化、贈賄防止のための基本方針や社内規定の策定や公表など)を迅速かつ確実に講じるということであると考えます。
以上
(文責:河野 雄介)