情報化社会とともに進む中国の執行に関する最新動向(その一)
本稿と次稿の2回の連載で、情報化社会へ急速に進んでいる中国において、近年の執行に関する最新動向を紹介します。
中国ビジネスにおいて、手方が金銭債務を履行してくれない場合、債権回収のための訴訟提起は重要な法的手段の一つとして挙げられます。ところが、せっかく勝訴判決が下されたのに、相手方が判決を無視し金銭債務を履行しなかった場合、強制執行を裁判所に申請しても奏功しないことが多いです。結局、多大な時間や労力をかけたのに、債権回収が実現できないという経験をされた日系企業も多いと思います。
中国では、「執行難」という問題が深刻であると言われてきています。われわれ弁護士としても、訴訟案件に関する相談の際、勝訴の可能性が高い案件でも、将来の執行リスクを予測し、ケースによっては執行に訴訟以上の時間や労力をかける覚悟を持たなければならないと、予めクライアントに伝えることがあります。
「執行難」の背景には、「法治社会」への途上国として、判決の権威性を守る国民意識が弱い以外に、判決の権威性を守るための有効な手段がまだ十分でなく、特に社会信用システムの未整備など、現実面の要因も指摘されます。それを受け、最高人民法院は、「執行難」を解決するための有効な措置を検討し、一連の手を打ってきました。2016年3月に開催された全人代において、最高人民法院長の周強氏の報告では、「2、3年をかけて必ず「執行難」を基本的に解決する」と決意を表明しました。
そのための有効な措置として、大きく分けて二点、挙げられます。
一つは、裁判所と銀行等の金融機構との連動システムによる、被執行人の口座情報、金融資産情報の共有です。
最高人民法院は、2014年から中国銀行業監督管理委員会、中国人民銀行(中央銀行)と共同して、執行を利便化するための被執行人の口座情報、金融資産情報の連動システムの構築を始めました。これまでは、裁判所が強制執行の申請を受けた場合、被執行人の財産情報を把握せず、またはそれを調べることができるとしても、執行案件の担当裁判官の人手不足の関係で、その財産情報の提供をまず執行申請者に要求することが一般的でした。財産情報の探索に困窮した執行申請人が、やむを得ず不法な手段を使ってしまう例もみられました。
口座情報、金融資産情報の連動システムが始動してから、裁判官が被執行人の個人名又は社名の情報を得るだけで、同システムでそれを検索し、全国銀行21行および地方銀行数十行にある被執行人名義の口座情報、金融財産情報を調べることができるようになりました。また、裁判官が同システムで被執行人の口座を凍結し、残高を差し引くこともできます。以前は、裁判官が被執行人の口座情報を探すために各金融機構に回り、口座凍結、残高の差引きなどはすべて金融機構の協力を得ることが必要でした。同システムの利用により、これら執行作業の効率は非常に高くなりました。
なお、近年、中国では電子決済が非常に流行しており、Alipay(中国語:支付宝)をはじめ第三者支払プラットフォームには数億人のユーザがいます。同システムでは第三者支払プラットフォームにある口座情報も調べることができます。ただ、現段階において、裁判所が同システムで口座を凍結し、残高を差引くことはまだできません。その場合、第三者支払いプラットフォームに執行協力通知書を発行し、その協力を要請する必要があります。
(文責:李航 中国弁護士)